{"help": "https://data.bodik.jp/api/3/action/help_show?name=datastore_search", "success": true, "result": {"include_total": true, "limit": 100, "records_format": "objects", "resource_id": "a0a321cd-abc0-4d7e-a0fd-3396ee7920f8", "total_estimation_threshold": null, "records": [{"_id":1,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"霧島神宮本殿　幣殿　拝殿　附　棟札二枚","名称_カナ":"キリシマジングウホンデン　ヘイデン　ハイデン　ツケタリ　ムナフダ2マイ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"国宝","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市霧島田口2608-5","方書":"","緯度":31.85895,"経度":130.87176,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2022-02-09","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"本殿の規模は全国的に見ても大きく、内陣（ないじん・神を祀る最奥部）まで華麗に装飾されています。高低差がある本殿と拝殿（はいでん）を幣殿（へいでん）で繋ぎ、一棟の建物となっています。建物全体が彫刻や絵画でくまなく装飾され、極彩色・漆塗・朱塗で豪華に彩られていて、近世に発達した建築装飾意匠の集大成のひとつとされます。本殿の龍柱（りゅうばしら・龍が彫刻された向拝柱）などをはじめ、東アジアの文化を取り入れた社殿でもあることから文化史的な意義も深いとされます。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kirishima.html","備考":""},{"_id":2,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"霧島神宮登廊下　勅使殿　附　境内社門守神社二棟　神饌所一棟","名称_カナ":"キリシマジングウノボリロウカ　チョクシデン　ツケタリ　ケイダイシャカドモリジンジャ2トウ　シンセンジョ1トウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市霧島田口2608-5","方書":"","緯度":31.858692,"経度":130.871423,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1989-05-19","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"霧島神宮社殿は高低差を利用して建てられていて、正面平地にある勅使殿（ちょくしでん）と、斜面上の拝殿を登廊下で繋いでいます。勅使殿は唐破風で、松や唐獅子牡丹など彫刻で彩られています。登廊下と勅使殿は1715年に建築された建物であり、社殿を構成する主要な建物として重要文化財に指定されています。勅使殿の前には、境内を守る門守神社（かどもりじんじゃ）が2棟並んで配置され、また、登廊下の西側には渡り廊下で繋がった神饌所（しんせんしょ・お供え物などの準備を行う場所）があり、同時期に建てられたものとして附（つけたり）指定されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kirishima.html","備考":""},{"_id":3,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"鹿児島神宮本殿及び拝殿　勅使殿　摂社四所神社本殿　附　棟札一枚","名称_カナ":"カゴシマジングウホンデンオヨビハイデン　チョクシデン　セッシャシショジンジャホンデン　ツケタリ　ムナフダ1マイ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市隼人町内2496","方書":"","緯度":31.7536953,"経度":130.7378814,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2022-02-09","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"鹿児島神宮は、社伝によると和銅元年（708）に創建されたとされ、彦火火出見尊と豊玉比売命が主祭神として祀られています。『延喜式』（延長5年（927）にまとめられた律令の施行細則）に鹿児島神社の名で薩摩、大隅、日向で唯一の大社として記載されています。平安時代に八幡神が勧請され八幡正宮や大隅正八幡宮と呼ばれるようになりました。社殿は平安時代後期から戦国期にかけて数回の火災に遭い、その都度再建されてきました。現在の社殿は慶長6年（1601）に造営された社殿がシロアリによって傷みが激しくなったため、宝暦5年（1755）に島津重年の寄進によって工事が始まり、翌年、島津重豪の代に竣工しました。また、摂社四所神社本殿も棟札によって建立年が明らかで、本殿等と同じ計画で建てられたことが分かっており、境内の摂社では建立当時の建物として唯一残っています。なお、工事の経緯については、社殿の西側にある鹿児島県指定有形文化財の「正宮造替の石灯籠」に詳しく書かれています。本殿は九州でも最大規模で、本殿向拝龍柱や勅使殿の龍の持送など、要所に配した彫刻には地方的特色がみられ、本殿の壁画や拝殿の天井画に加え、極彩色と漆塗で仕上げた仕様など、いずれの建物も豪華で質が高いです。また、全ての建物の柱間の寸法は統一され、高低差を巧みに利用して構成した一体的な計画も特筆され、南九州の近世神社建築を代表する建築として高く評価されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":4,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"鹿児島県上野原遺跡出土品","名称_カナ":"カゴシマケンウエノハライセキシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1998-06-30","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"上野原遺跡から出土した縄文時代早期後葉（約8,600年前）の一括資料767点が国の重要文化財に指定されています。出土品は、深鉢形土器、壷形土器、鉢形土器、石器、土偶、耳飾など多岐にわたり、埋納された2対の完形の壷形土器等、祭りなどの儀式に使われていたものもあったと考えられます。当時の人々の生活や、精神文化を知る手がかりとなる貴重な資料です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":5,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"鹿児島県前原遺跡出土品","名称_カナ":"カゴシマケンマエハライセキシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2012-09-06","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":6,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"鹿児島県三角山遺跡出土品","名称_カナ":"カゴシマケンサンカクヤマイセキシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2019-07-23","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":7,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"大隅国分寺跡　附　宮田ヶ岡瓦窯跡","名称_カナ":"オオスミコクブンジアト　ツケタリ　ミヤタガオカカワラカマアト","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市国分中央一丁目1794、1792","方書":"","緯度":31.7411258,"経度":130.7713344,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1921-03-03","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"奈良時代に聖武天皇が、天平13年に国家の鎮護と五穀豊穣を祈って、国ごとに僧寺と尼寺の建立を命ずる勅令を出しました。国分の名の由来となった大隅国分寺は、奈良時代末期から平安時代初期にかけて建てられたといわれています。今では、康治元年（1142）の銘のある六重層塔と石像にその名残をとどめています。平成16年5月には、姶良市の宮田ヶ岡瓦窯跡が、大隅国分寺の瓦を作成した窯として追加指定されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":8,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"上野原遺跡","名称_カナ":"ウエノハライセキ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市国分川内字田吹外","方書":"","緯度":31.713889,"経度":130.801065,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1999-01-14","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"上野原遺跡は、国分上野原テクノパーク（工業団地）建設に先立ち平成4年度から発掘調査を開始しました。その成果として縄文時代早期前葉（約10,600年前）から弥生時代までの遺跡・遺物が見つかりました。集落には、竪穴住居跡52軒、石蒸料理の施設と考えられている集石が39基、燻製を作ったと思われる連穴土坑が16基見つかり、その他土器や石器などが出土しました。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":9,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"隼人塚","名称_カナ":"ハヤトヅカ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市隼人町内山田265-3","方書":"","緯度":31.74065,"経度":130.73685,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1921-03-03","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"康治元年（1142）の刻銘のある大隅国分寺の石塔との比較や発掘調査の成果などから、隼人塚石塔も今からおよそ1000年ほど前の平安時代後期の建造物と見られています。広さ約50平方メートル、高さ約2メートル余りの丘の上に、五重石塔3基と四天王石像4体が立っています。建立については「殺されたクマソ・隼人の霊を慰めるために建てられた」とか「正国寺という寺の跡」などの諸説があります。平成10年から11年にかけて、石塔と石像の復元工事が行われ、創建当時の姿が蘇りました。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":10,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"大隅正八幡宮境内及び社家跡","名称_カナ":"オオスミショウハチマングウケイダイオヨビシャケアト","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市隼人町内、内山田、神宮","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2013-10-17","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"鹿児島神宮は、中世「大隅正八幡宮」・「国分八幡」などと呼ばれ、四社家を中心に、正八幡宮を支える神職が数多く居住していました。また、正八幡宮の別当寺として現在の宮内小学校に弥勒院がありました。四社家とは「桑幡氏」「留守氏」「沢氏」「最勝寺氏」のことで、なかでも「桑幡氏館跡」は南北90メートル、東西100メートルの方形区画の敷地があったと考えられています。大隅正八幡宮は、この頃大隅国の一宮とされ、国の4割強を勢力下に置き繁栄しました。境内と弥勒院跡をはじめ、四社家の館跡から国内の土器や陶器、中国や東南アジア等海外の陶磁器が多量に出土しました。このことから、京都や鎌倉、琉球や東南アジアとの異文化交流の拠点であったことが確認できる稀有な遺跡です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":11,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"ノカイドウ自生地","名称_カナ":"ノカイドウジセイチ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"天然記念物","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市牧園町えびの高原","方書":"","緯度":31.94338,"経度":130.84051,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1923-03-07","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"国の天然記念物「ノカイドウ自生地」は、鹿児島・宮崎両県のえびの高原にあります。ノカイドウは、えびの高原の渓流沿いに自生しているバラ科リンゴ属の落葉小高木の植物で、5月上旬に薄桃色がかった白い花をいっせいに咲かせます。ノカイドウは、明治42年（1909）に牧野富太郎博士によって発表され、大正12年（1923）に内務省が国の天然記念物に指定しました。世界中でえびの高原とその周辺にしか自生しない貴重な植物です。現在、約300株（鹿児島県内は約70株）しか自生していません。高木層の被圧やシカの剥皮などにより絶滅の恐れもあることから、環境省のレッドデーターブックでは絶滅危惧IA類に分類されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-makizono.html","備考":""},{"_id":12,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"天降川流域の火砕流堆積物","名称_カナ":"アモリガワリュウイキノカサイリュウタイセキブツ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"天然記念物","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市隼人町嘉例川字山城3557番地　先","方書":"","緯度":31.8481889,"経度":130.7368849,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2013-03-27","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"牧園町と横川町、隼人町が接する天降川の中流域では、加久藤カルデラ（約30万年前）と阿多カルデラ（約10万年前）、姶良カルデラ（約2万9千年前）から噴出した火砕流が連なって露出しており、地質学的に貴重な地域です。また、水の流れによって回転した軽石などが、軟弱な岩盤を削ってできた甌穴群を見ることができる点も貴重です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-makizono.html","備考":""},{"_id":13,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"台明寺日枝神社本殿","名称_カナ":"ダイミョウジヒエジンジャホンデン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市国分台明寺1103","方書":"","緯度":31.7767114,"経度":130.8146894,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2017-04-21","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"国分平野の郡田川の上流の谷間にあった「台明寺」は、古記録によると天武天皇元年（673）の創建とあるが、国分府中にある大隅国府の東北（鬼門）方向にあることから国家を鎮護する寺院として、鎌倉時代からは祈祷寺院として発達してきました。日枝神社は、台明寺の守護社として創建されたと考えられます。日枝神社の社殿については、創建は建仁3（1203）年とありますが、「正徳5年宝殿ノ新築アリシヨリ茲二八三年」「近年頗ル破壊ニ傾キタルヲ以テ改築等ノ事ヲ企テ　工ヲ明治廿年二月ニ起シ・・」と『日枝神社明細書』に書かれていることから、江戸時代中期と明治時代に大修復したことが分かります。日枝神社の本殿は、正面の間口が7間で奥行が2間の形をしており、極端に奥行が浅い構造（七間社流造）となっています。間口が7間の本殿を持つ神社は極めて少なく、西日本では大阪の吉志部神社の本殿に見られますが、奥行は3間であり、奥行2間の形状は非常に珍しく貴重な社殿様式となっています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":14,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"正宮造替の石灯籠","名称_カナ":"ショウグウツクリカエノイシドウロウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市隼人町2496","方書":"","緯度":31.7536668,"経度":130.7377285,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2014-04-22","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"宝暦6 (1756)年に、正宮（現在の鹿児島神宮）内に奉納寄進された「琴柱灯籠」と呼ばれる2脚付の石灯籠です。脚の表側には、宝殿の改築について銘文が刻まれており、正宮造替を明示する貴重な資料です。また、常夜灯として献灯された本灯籠は、江戸中期から存続する稀少な変形灯籠の一種であり、修復等もなく、ほぼ完形で残っているということから、非常に貴重です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":15,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"旧田中家別邸　附　棟札一枚","名称_カナ":"キュウタナカケベッテイ　ツケタリ　ムナフダ1マイ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市福山町福山2926","方書":"","緯度":31.6776062,"経度":130.8159952,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2006-04-21","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"旧田中家別邸は、田中省三が郷里の福山に建てた別荘です。昭和50年3月に旧福山町で庭園が町の文化財に指定され、別邸は平成18年4月に「旧田中家別邸　附　棟札一枚」という名称で県の有形文化財（建造物）に指定されました。敷地は、約1,320坪あり、庭園は池水式庭園で別邸の東南に位置し、灯籠や樹木それに巨石を並べたすばらしいものです。別邸は、「座敷と次の間」「洋間」「居住部分」「台所」「蔵」の5つの部分から構成され、座敷と次の間は東南に面し、桜島を眺望できる空間になっています。洋間の天井中央に設けたシャンデリア上の飾り、大理石使用のマントルピース（暖炉の上の飾り棚）、漆喰飾り等の室内装飾は、県内ではあまり見られない貴重な作りとなっています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-fukuyama.html","備考":""},{"_id":16,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"霧島民芸村","名称_カナ":"キリシマミンゲイムラ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市霧島田口2458番地1","方書":"","緯度":31.85494,"経度":130.86975,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2019-04-19","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"霧島民芸村は、建坪300坪の巨大木造建築で、昭和15年（1940）に作られました。戦時下の教育に対応すべく、中堅指導者の再教育を目的として建てられたものです。主屋である展示販売棟は屋久杉の格天井の84畳敷の大広間があり、周りに廊下にまわしている寝殿造に倣った建築です。屋根は鉄平石で葺かれており、県内では唯一です。廊下でつながっている旧遥拝殿には昭和天皇に下賜されたという2本の床柱が正面の床の間に安置されていて、三方に廊下を廻している観音堂風の伝統建築です。現在、陶芸等の工房棟として使われている場所は、畳敷きの宿泊所として使用されていたと考えられます。寝殿造に倣った伝統建築であり、県内で最大規模の木造建築であり、戦時下に建てられた研修施設がそのまま残っているという点で非常に貴重です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kirishima.html","備考":""},{"_id":17,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"正国寺跡石仏　三躯","名称_カナ":"ショウコクジアトセキブツ　3ク","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"霧島市立隼人塚史跡館","住所":"霧島市隼人町内山田287-1","方書":"","緯度":31.740032,"経度":130.736239,"電話番号":"0995-43-7110","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1997-04-21","利用可能曜日":"火水木金土日","開始時間":"09:00","終了時間":"17:00","利用可能日時特記事項":"月曜日が祝日の場合、火曜日は利用不可。また、12/29、12/30、12/31、1/1、1/2、1/3は終日利用不可。","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"3躯のうち、光背を背負い高肉彫りに掘り出された如来形坐像と菩薩形立像は、いずれも光背全面に康治元年（1142）の陰刻銘があり、製作年がわかる貴重な遺品です。首の折れた坐像は平安時代の丸彫刻として、現在残っているものが極めて少ない貴重なものです。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":18,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"鹿児島神宮文書","名称_カナ":"カゴシマジングウモンジョ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島神宮","住所":"霧島市隼人町内2496","方書":"","緯度":31.7536953,"経度":130.7378814,"電話番号":"0995-42-0020","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1987-03-16","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"鹿児島神宮の文書は、神宮所蔵となっている『正八幡宮神官命婦職補任状（みょうぶしきぶにんじょう）』（養和元年（1181））や、永久寄託された『酒井季時正宮修理識補任状（さかいすえときしょうぐうしゅうりしきぶにんじょう）』（保安2年（1121））等を合わせ、中世から近世までの文書22通からなっています。巻物仕立（6巻）で桐箱に収納され、同神宮宝殿に保管されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":19,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"京田遺跡出土木簡","名称_カナ":"キョウデンイセキシュツドモッカン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2002-04-23","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":20,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"城ヶ尾遺跡出土品","名称_カナ":"ジョウガオイセキシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2004-04-20","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"福山町佳例川の城ヶ尾遺跡から縄文時代早期後葉（約7,500年前）の深鉢形土器1点と壷形土器3点が完形に近い状態で、また口縁部を上にして直立した状態で出土しました。これらの土器は、製作された後さらに熱を受けて埋設されていること、遺跡内で一番高い場所から出土したことなどから、祭祀的な行為との関連性も考えられます。当時の人々の観念・思想などの精神文化を知るうえで貴重な資料です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-fukuyama.html","備考":""},{"_id":21,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"耳取遺跡出土品","名称_カナ":"ミミトリイセキシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2008-04-22","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":22,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"堂平窯跡出土品","名称_カナ":"ドビラガマアトシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2010-04-23","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":23,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"宮ノ上遺跡出土品","名称_カナ":"ミヤノウエイセキシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2011-04-19","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":24,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"中尾地下式横穴墓出土品","名称_カナ":"ナカオチカシキヨコアナボシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2013-04-23","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":25,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"南摺ヶ浜遺跡出土品","名称_カナ":"ミナミスリガハマイセキシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2014-04-22","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":26,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"山ノ口遺跡出土品","名称_カナ":"ヤマノクチイセキシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2015-04-17","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":27,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"天神段遺跡出土品","名称_カナ":"テンジンダンイセキシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2016-04-19","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":28,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"町田堀遺跡出土品","名称_カナ":"マチダボリイセキシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2018-04-20","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":29,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"面縄貝塚出土品","名称_カナ":"オモナワカイヅカシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2019-04-19","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":30,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"中甫洞穴出土品","名称_カナ":"ナカフドウケツシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2020-04-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":31,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"出水貝塚出土品","名称_カナ":"イズミカイヅカシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島県立埋蔵文化財センター","住所":"霧島市国分上野原縄文の森2-1","方書":"","緯度":31.71089,"経度":130.80174,"電話番号":"0995-48-5811","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2021-04-23","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"","備考":""},{"_id":32,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"鹿児島神宮所蔵陶磁器","名称_カナ":"カゴシマジングウショゾウトウジキ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"鹿児島神宮","住所":"霧島市隼人町内2496","方書":"","緯度":31.7536953,"経度":130.7378814,"電話番号":"0995-42-0020","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2010-04-23","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"鹿児島神宮に宝物として伝えられてきている陶磁器の中に、14～16世紀に作られた中国産7点、タイ産1点の計8点と、19世紀に作られたそれらの写し8点の計16点があります。写しについては、形状や青磁色などほぼ同じものが再現されており、乾燥や焼成などによる変形や発色の違いといった偶然の要素を克服し完成させた、当時の陶工の技量の高さに驚きます。当時の技法を伝えるものとして非常に貴重なものです。また、中国産、タイ産の陶磁器についても、渡来品である点、写しの見本となった点において貴重なものです。近年、神宮周辺の発掘調査においても海外の陶磁器片が多数出土しています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":33,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"安良神社の仮面","名称_カナ":"ヤスラジンジャノカメン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"霧島市立横川郷土館","住所":"霧島市横川町中ノ192-7","方書":"","緯度":31.9029287,"経度":130.706656,"電話番号":"0995-72-1596","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2007-04-24","利用可能曜日":"火水木金土","開始時間":"09:00","終了時間":"17:00","利用可能日時特記事項":"祝日または、12/29、12/30、12/31、1/1、1/2、1/3は終日利用不可。","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"安良神社には、12枚の仮面が所蔵されています。中でもこの阿吽一対の面は、阿形に貞和5年（1349）11月の銘があるなど大変貴重です。吽形の面の裏面には、奉納の趣旨と奉納者名、奉納年月日が墨書されています。造形的には獅子頭、王鼻系統で先払い・先導の役に使用された物と考えられます。貞和5年に藤原長親が社殿を改築したとき、その社殿を守護するために入り口に掲げた掛面（辟邪面）であったと考えられています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":34,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"宮内の田の神","名称_カナ":"ミヤウチノタノカミ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市隼人町内山田1805","方書":"","緯度":31.7532607,"経度":130.7374861,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1968-03-29","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"この田の神像は、鹿児島神宮下の御神田の場所に鎮座しています。灰白質の粗い石質で作られ、顔は翁面に似て横幅広く、顎ひげがあります。高さ91cmで大きなシキをかぶり、右手にメシゲ、左手には椀を抱えるように持っています。農作業姿神舞型の典型的なものです。天明元年（1781）造立。旧暦5月5日（今はこれに近い日曜日）の鹿児島神宮のお田植祭には、この前に祭壇が作られ、田の神舞が奉納され、早乙女早男が田植えをします。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":35,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"霧島神宮お田植祭り","名称_カナ":"キリシマジングウオタウエマツリ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定無形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市霧島田口2608-5","方書":"","緯度":31.858692,"経度":130.871423,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1991-03-22","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"昭和53年4月1日、町の文化財に指定されましたが、さらに平成3年3月15日、県無形民俗文化財に指定されました。田の神舞は、旧暦2月4日に霧島神宮で五穀豊穣を祈願する御田植祭が行われますが、この時、神宮の社人である児玉・橋元両家の人たちが神舞を奉納するしきたりで、300年位前から先祖代々引き継がれてきています。毎年、旧暦2月4日午前10時から祭事が始まり、第一声の太鼓と共に御神牛が「モー」と鳴いて境内を暴れ回り、祭事が終わると同時に御田植の神事が始まります。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kirishima.html","備考":""},{"_id":36,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"赤水の岩堂磨崖仏","名称_カナ":"アカミズノイワドウマガイブツ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町下ノ赤水梅ノ木迫","方書":"","緯度":31.8436571,"経度":130.7321173,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1982-05-07","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"横川町下ノ梅ノ木迫の山中崖下にある南北朝時代の磨崖仏です。天降川上流の深い渓谷にある傾斜角約80度の凝灰岩の山肌に彫られています。地上1.6mの所を底辺として高さ1.4m、幅3.5m、奥行き0.455mをくり抜いて、中に来迎形（らいごうがた）弥陀三尊（みださんぞん）をレリーフ状に掘り出してあります。鹿児島県の磨崖仏としては、鹿児島市の清泉寺跡、川辺の磨崖仏群に次ぐ古さで、造形的に鎌倉期の様式を残しています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":37,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"高座神社の社叢","名称_カナ":"タカクラジンジャノシャソウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定天然記念物","種類":"","場所名称":"高座神社","住所":"霧島市国分川原108","方書":"","緯度":31.7453595,"経度":130.7931475,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1989-03-22","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"高座神社は城山公園の北東部の山腹に位置し、周りは山間地帯となっています。その中に鎮座する神社を囲むように社叢（神社の森）が生い茂り、神社の境内にはナギとイチイガシの両巨木が育成しています。ナギは樹齢800年以上の巨木で現生するナギの単木としては日本最大級といわれています。また、イチイガシも樹齢300年以上の巨木で県内最大級といわれています。このように2種の巨木が同境内に自生していることは大変珍しく貴重なものです。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":38,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"福山のイチョウ","名称_カナ":"フクヤマノイチョウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定天然記念物","種類":"","場所名称":"宮浦宮","住所":"霧島市福山町福山2437","方書":"","緯度":31.6710567,"経度":130.8194732,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1964-06-05","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"宮浦宮境内に並び立つイチョウは、神武天皇ご東征前の仮の宮居であったことを記念して植えられたと伝えられています。昭和39年6月に鹿児島県の天然記念物に指定されました。向かって右の木は,寛政3年（1791）の大火で火傷を受け、左の木には、明治10年戦役で小島から官軍の砲弾を受け、幹に弾痕が見られます。右側が樹高38m、幹周り7.55m、左側が樹高38.6m、幹周り7.6m、共に樹齢1000年以上といわれています。春先には、樹幹に若葉を付け、秋は黄葉、初冬になると境内が黄色のじゅうたんを敷きつめたようになり風情があります。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-fukuyama.html","備考":""},{"_id":39,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"朱門","名称_カナ":"アカモン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市国分中央二丁目5-1","方書":"","緯度":31.7406144,"経度":130.7734042,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1976-02-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"舞鶴城は、島津義久が慶長9年（1604）隼人の富隈城から移り住んだ日常生活をする館造りの城でした。「国分諸古記」によると城は89間四方あり、その中の約50間四方が石垣に囲まれ、屋形があったようです。朱門は舞鶴城内にあったと考えられていますが、その場所ははっきりしていません。昭和50年に国分市制20周年事業の一環として修復し、ゆかりの舞鶴城の石垣前に復元されていましたが、平成18年に国分小学校のグラウンドへ移設されました。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":40,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"金山橋（第三橋）","名称_カナ":"キンザンバシ（ダイ3キョウ）","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市溝辺町竹子上牟田","方書":"","緯度":31.8740207,"経度":130.6569132,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1991-11-08","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"竹子宮川内上牟田と旧横川町との境界を流れる久留味川に架かっています。迫持ち式（アーチ）の石橋です。明治12年頃、島津氏が山ヶ野金山の金鉱を運搬するために、加治木舌出しを起点とした道路を開きました。その折布越下の井出向の橋を金山橋（第一橋）、溝辺町有川大王橋を金山橋（第二橋）、上牟田橋を金山橋（第三橋）と命名したものです。欄干部分はすでに欠落していますが、保存状態は良好です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-mizobe.html","備考":""},{"_id":41,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"平熊の石橋及び石洗越　附　石洗越の碑・水神碑","名称_カナ":"ヒラクマノイシバシオヨビイシアライゴシ　ツケタリ　イシアライゴシノヒ・スイジンヒ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市隼人町松永字平熊","方書":"","緯度":31.785742,"経度":130.7703073,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2005-07-06","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"平熊の石橋は、松永用水路上に架かる石橋です。人の渡る石橋というよりは、山から流れ出す谷川水が、用水路を越すための石橋といえます。石橋の上には石畳が敷かれ、谷川水はこれを越えて2mほどの落差の落としで排水されています。地元の人たちは、松永用水に直接流れ込んでいた谷川水が、大雨の時には溢れて用水路を決壊させるので、用水路を越す形に改造したと伝えています。石洗越の碑　安永6年（1777）　水神碑　宝暦11年（1761）","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":42,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"辻の角の保食神社","名称_カナ":"ツジノカドノウケモチジンジャ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市隼人町神宮五丁目154-1","方書":"","緯度":31.750733,"経度":130.7433871,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2005-07-06","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"辻の角の保食神社の建物は、元は宮内小学校の所にあった弥勒院脇の白鷺池の弁財天堂で、明治初年の廃仏毀釈の後、現在地に移築された物と伝えられます。神社本殿は、四尺四方の正方形の平面に入母屋造りの屋根を載せ、正面に唐破風が設けられています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":43,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"高木家住宅　主屋　石倉","名称_カナ":"タカギケジュウタク　シュオク　イシクラ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市隼人町真孝1011-2","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2019-01-17","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"南日本銀行の前身である鹿児島無尽の創業に関わり、西国分村の村議でもあった高木時吉が昭和2年（1927）に建築した邸宅です。木造平屋の和風建築で、12畳半の洋館を応接間として併設しています。和風建築に洋間（洋館）が取り込まれていく過程を確認できます。300平方メートル超の邸宅建築であり、民間のものとしては県内随一の規模です。個人宅であるため、現在は非公開。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":44,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"早鈴神社本殿","名称_カナ":"ハヤスズジンジャホンデン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"霧島市隼人町小浜630","方書":"","緯度":31.7396338,"経度":130.6899781,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2019-01-17","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"早鈴神社は嘉吉4年（1444）に勧請されたと古記の棟札に記されている神社です。島津義久が雨乞いの歌を読んで奉納したことにより「雨乞いの宮」と呼ばれています。本殿の造りは三間社流造（さんげんしゃながれづくり）です。屋根は杮葺き（こけらぶき）で、両側端に鬼板を置いている珍しい形状になります。また、垂木が密に等間隔で整然と並んでいる本繁垂木（ほんしげたるき）の配列になっています。建物は、棟札の記述から元禄3年（1690）に建てられたものと考えられます。元禄期まで遡る神社建築は鹿児島県内では少なく、非常に貴重です。現在、本殿は覆屋に覆われていて外から見ることができませんが、この覆屋によって貴重な本殿が保護されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":45,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"仁王像二基","名称_カナ":"ニオウゾウ2キ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市牧園町下中津川427","方書":"","緯度":31.8303,"経度":130.7736762,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1992-06-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"伊邪那岐神社（下中津川字後迫427）入口の階段を70mぐらい上がった両側に、高さ約2mの仁王像が1基ずつ建っています。仁王像は、仏教保護の石像として建立されたもので、この像は高尾山寺（和気清麻呂が流された寺）のものを移したといわれています。右側の仁王像は、目を見開き口を大きく開けて、両腕を腰に構えています。右手はしっかり拳をにぎっていますが、左手は手首から欠けています。左側の仁王像は、目を見開き口は一文字に結んでいます。右腕は拳をにぎり肩の高さまで持ち上げています。左の腕も拳をにぎって腰に構えています。この仁王像の背には、寛文8年（1668）3月吉日の銘があります。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-makizono.html","備考":""},{"_id":46,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"九面","名称_カナ":"クメン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"霧島神宮","住所":"霧島市霧島田口2608-5","方書":"","緯度":31.858118,"経度":130.872213,"電話番号":"0995-57-0001","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1978-04-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"今から300年位前、霧島神宮に祈願するために奉納された9つの面です。主に伎楽面・猿田彦面で、当時石工として有名な海老原源左衛門が奉納したと言われています。神面の数は9つで、この面を拝すれば工面（九面）がよくなるとのことで、拝観に訪れる人も多いです。また、工面がよくなるということから商工業者に信仰されて、屋号や商品などに使われています。但し、一般公開はされておりません。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kirishima.html","備考":""},{"_id":47,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"宮浦宮の鎧","名称_カナ":"ミヤウラグウノヨロイ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"霧島市立国分郷土館","住所":"霧島市国分上小川3819","方書":"","緯度":31.74094,"経度":130.78305,"電話番号":"0995-46-1562","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1986-12-11","利用可能曜日":"火水木金土日","開始時間":"09:00","終了時間":"17:00","利用可能日時特記事項":"月曜日が祝日の場合、火曜日は利用不可。また、12/29、12/30、12/31、1/1、1/2、1/3は終日利用不可。","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"宮浦宮は、島津氏の高き崇拝を受けた社でした。この鎧は、島津氏が奉納されたもので江戸中期200年以上前のものであることが推察される革製です。霧島市福山は、島津氏の牧があった土地としても知られており、馬追の役人が着用していたものではないかと考えられます。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-fukuyama.html","備考":""},{"_id":48,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"朱印状","名称_カナ":"シュインジョウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"","場所名称":"霧島市立国分郷土館","住所":"霧島市国分上小川3819","方書":"","緯度":31.74094,"経度":130.78305,"電話番号":"0995-46-1562","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1994-05-31","利用可能曜日":"火水木金土日","開始時間":"09:00","終了時間":"17:00","利用可能日時特記事項":"月曜日が祝日の場合、火曜日は利用不可。また、12/29、12/30、12/31、1/1、1/2、1/3は終日利用不可。","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"島津義久は、富隈在城中に琉球貿易に力を入れていました。琉球渡航の船には規定の印判が必要でしたが、島津氏はその印判の押された「琉球渡航朱印状」の発行許可権を幕府から与えられていました。この朱印状は、慶長7年（1602）に義久が大隅国富隈之湊住吉丸の船頭彦兵衛尉に与えたものです。彦兵衛は航海の術に優れていたとみえ、慶長14年の琉球出兵の時にも船頭として参加し、手柄を立て、新たに知行をあてがわれています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":49,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"文政六年の道帳","名称_カナ":"ブンセイ6ネンノミチチョウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"","場所名称":"霧島市立国分図書館","住所":"霧島市国分中央三丁目45-1","方書":"","緯度":31.74026,"経度":130.76353,"電話番号":"0995-64-0918","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2003-03-26","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"道帳は、国分郷内の道路を村ごとに詳細に調査したものです。道帳が出来上がる13年前に幕府御用の測量隊、伊能忠敬一行が、海岸地域の詳細な地図を作成しており、この測量結果に呼応して作成したものと思われます。国分郷の道帳と同じころ、「高山名勝誌」などの薩摩藩各地域の地誌も完成しており、これらをもとに藩全体の地誌を集大成したものが「三国名勝図会」であったと考えられています。このように、道帳は当時の国分地域の様子を知るうえで大変貴重なものです。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":50,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"霧島神宮文書　二巻","名称_カナ":"キリシマジングウモンジョ　2カン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市霧島田口2608-5","方書":"","緯度":31.858118,"経度":130.872213,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1978-04-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"霧島神宮文書は霧島神宮の所蔵文書で、永禄6年（1563）の島津貴久願文（がんもん）（神仏に対して祈願の意図を表す文書）や島津義久寄進状、島津義弘書状、島津家久書状など、貴重な文書からなっています。巻物仕立てで二巻あります。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kirishima.html","備考":""},{"_id":51,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"三累環頭大刀","名称_カナ":"サンルイカントウタチ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"","場所名称":"霧島市立国分郷土館","住所":"霧島市国分上小川3819","方書":"","緯度":31.74094,"経度":130.78305,"電話番号":"0995-46-1562","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1983-08-15","利用可能曜日":"火水木金土日","開始時間":"09:00","終了時間":"17:00","利用可能日時特記事項":"月曜日が祝日の場合、火曜日は利用不可。また、12/29、12/30、12/31、1/1、1/2、1/3は終日利用不可。","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"昭和28年12月、向花小学校の校地拡張工事中に6振りの鉄剣と7本の鉄鏃（てつぞく）、土器類7個が掘り出されました。この遺跡を「亀ノ甲遺跡」といいます。この大刀は、6振りの鉄剣の中の1振りで柄頭に3個のC形の輪を重ねた装飾があるため、三累環頭大刀と呼ばれています。8世紀の頃に埋葬されたものと考えられます。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":52,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"城山山頂遺跡出土品","名称_カナ":"シロヤマサンチョウイセキシュツドヒン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"","場所名称":"霧島市立国分郷土館","住所":"霧島市国分上小川3819","方書":"","緯度":31.74094,"経度":130.78305,"電話番号":"0995-46-1562","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1999-08-18","利用可能曜日":"火水木金土日","開始時間":"09:00","終了時間":"17:00","利用可能日時特記事項":"月曜日が祝日の場合、火曜日は利用不可。また、12/29、12/30、12/31、1/1、1/2、1/3は終日利用不可。","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"城山山頂遺跡（城山公園）から、5世紀前半の南九州で作られた土器（成川式土器）と近畿地方で作られたとされる土器（布留式土器）が同じ竪穴住居から出土しました。このことから、当時すでに近畿地方との交流があったことがわかります。また、これは古事記、日本書紀にも出てくるクマソ、隼人にも関係があるものとして大変貴重な資料です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":53,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"橘木城跡供養塔","名称_カナ":"タチバナキジョウアトクヨウトウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"","場所名称":"霧島市立国分郷土館","住所":"霧島市国分上小川3819","方書":"","緯度":31.74094,"経度":130.78305,"電話番号":"0995-46-1562","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1976-02-01","利用可能曜日":"火水木金土日","開始時間":"09:00","終了時間":"17:00","利用可能日時特記事項":"月曜日が祝日の場合、火曜日は利用不可。また、12/29、12/30、12/31、1/1、1/2、1/3は終日利用不可。","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"重久の橘木城（西ノ城）跡には古石塔類が多数残存していましたが、観光開発により多数が散逸してしまいました。かろうじて難を逃れた2基の供養塔を国分郷土館に移設保存しています。いずれも正面に「南無阿弥陀仏」の6字が薬研彫りされています。南北朝時代の城主重久篤兼が建立したものとみられ、建武3年（1336）と暦応4年（1341）の刻銘があります。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":54,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"十三仏","名称_カナ":"ジュウサンブツ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"","場所名称":"霧島市立国分郷土館","住所":"霧島市国分上小川3819","方書":"","緯度":31.74094,"経度":130.78305,"電話番号":"0995-46-1562","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2005-10-25","利用可能曜日":"火水木金土日","開始時間":"09:00","終了時間":"17:00","利用可能日時特記事項":"月曜日が祝日の場合、火曜日は利用不可。また、12/29、12/30、12/31、1/1、1/2、1/3は終日利用不可。","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"十三仏とは、死者のため追善供養の法事を営むとき初七日から三十三年忌まで、十三回の年忌ごとに配される仏、菩薩のことで初七日の不動（ふどう）から釈迦（しゃか）、文殊（もんじゅ）、普賢（ふげん）、地蔵（じぞう）、弥勒（みろく）、薬師（やくし）、観音（かんのん）、勢至（せいし）、阿弥陀（あみだ）、阿閦（あしゅく）、大日（だいにち）、虚空蔵（こくうぞう）の十三仏です。県内では、他に薩摩川内市（旧樋脇町、旧入来町、旧川内市）、さつま町（旧宮之城町）、湧水町（旧栗野町）、出水市（旧野田町）、霧島市（旧隼人町）などにみられますが、この十三仏は「永正十一年（一五一四）」と刻まれており、県内最古級のものと考えられます。また、普通十三仏塔は1つの石碑に十三の仏種子を配していますが、個々の石碑に仏を施しているものは全国にも例が少なく、大変貴重です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":55,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"日秀上人遺品関係資料","名称_カナ":"ニッシュウショウニンイヒンカンケイシリョウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"","場所名称":"霧島市立隼人歴民館","住所":"霧島市隼人町内2496","方書":"","緯度":31.75455,"経度":130.73910,"電話番号":"0995-43-0179","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1985-07-05","利用可能曜日":"火水木金土日","開始時間":"09:00","終了時間":"17:00","利用可能日時特記事項":"月曜日が祝日の場合、火曜日は利用不可。また、12/29、12/30、12/31、1/1、1/2、1/3は終日利用不可。","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"日秀上人は真言宗の高僧で、金峯山神照寺三光院というお寺を建てましたが、明治初年の廃仏毀釈によって日秀神社に変わりました。日秀上人は、永禄3年（1560）の鹿児島神宮の再建にも功績があったといわれています。日秀神社には上人に関する資料が多数残っており、現在は隼人歴史民俗資料館に展示してあります。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":56,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"鹿児島神宮四天王石像","名称_カナ":"カゴシマジングウシテンノウセキゾウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"","場所名称":"霧島市立隼人塚史跡館","住所":"霧島市隼人町内山田287-1","方書":"","緯度":31.740032,"経度":130.736239,"電話番号":"0995-43-7110","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1994-06-07","利用可能曜日":"火水木金土日","開始時間":"09:00","終了時間":"17:00","利用可能日時特記事項":"月曜日が祝日の場合、火曜日は利用不可。また、12/29、12/30、12/31、1/1、1/2、1/3は終日利用不可。","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"神宮境内にある隼人歴史民俗資料館の庭から発見された石像。腰の辺りで二つに分断されています。兜を深くかぶり、大きく剥いた眼の造りなどが隼人塚四天王石像に非常によく似ていますが、神宮四天王石像の方は彫りがやや甘い感じがします。当地の四天王石像の流れや傾向を知る上で非常に貴重な資料です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":57,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"神宮古印","名称_カナ":"ジングウコイン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"","場所名称":"鹿児島神宮","住所":"霧島市隼人町内2496","方書":"","緯度":31.7536953,"経度":130.7378814,"電話番号":"0995-42-0020","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1995-07-03","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"鹿児島神宮に古くから伝わる銅印で、元正天皇の奉納と伝えられています。印面の大きさ5.2cm四方。文面は「八幡宮印」。同印の押された古文書には、酒井季時補任状、保安2年（1121）、藤原太子補任状、養和元年（1181）、祢寝文書の大隅正八幡宮政所下文、保安2年などがあります。これから推察すると、神宮古印は800年以上も前の物であることは確かで、八幡宮（鹿児島神宮）の歴史を証明する証拠物件として価値が高い資料です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":58,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"天孫降臨霧島九面太鼓","名称_カナ":"テンソンコウリンキリシマクメンダイコ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定無形文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市牧園町高千穂3885-73","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2012-04-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"昭和47年、霧島温泉商工会青年部の若者たちが霧島温泉に郷土芸能をつくろうと考え、霧島神宮に伝わる九つの面、いわゆる天孫降臨の神話にちなんで天降りの打法、演舞など基本的な所作を振り付けて創作したものです。基本的所作は、その昔アマテラスの命により、霧島神宮の御祭神（アメニギシクニニギシ　アマツヒタカ　ヒコホノニニギノミコト）が国ツ神サルタヒコの道案内を得て、霧島山高千穂峰に天降られた光景を表したもので、霧島温泉の若者たちが、その神話と伝説を後世に伝え残しているものです。現在は、女性だけの「和奏（わかな）」と中高生の「郷花（はるか）」も組織され、各地で活躍しています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-makizono.html","備考":""},{"_id":59,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"止上神社の面","名称_カナ":"トガミジンジャノメン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"霧島市立国分郷土館","住所":"霧島市国分上小川3819","方書":"","緯度":31.74094,"経度":130.78305,"電話番号":"0995-46-1562","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2002-05-07","利用可能曜日":"火水木金土日","開始時間":"09:00","終了時間":"17:00","利用可能日時特記事項":"月曜日が祝日の場合、火曜日は利用不可。また、12/29、12/30、12/31、1/1、1/2、1/3は終日利用不可。","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"国分重久にある止上神社は、仮面の所有数が県内で最も多く、全国的に見ても非常に珍しいものです。面の総数は54点で、信仰仮面のうち親王面が3点、王面が39点、大型鬼面が1点、芸能仮面のうち神舞面が11点となっています。仮面数が多いだけでなく、記銘入りのものも多く存在しており、また、仮面の種類から地域性がうかがわれ、大変貴重です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":60,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"祝儀園の田の神","名称_カナ":"シュウギゾノノタノカミ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市溝辺町竹子祝儀園","方書":"","緯度":31.8474819,"経度":130.6721185,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1982-06-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"溝辺町の北部、大字竹子祝儀園地区の水田地帯を見渡す国道504号線沿いにあります。上部に円のある板碑を背に座し、右手に大きなしゃもじを持った田ノ神像です。田植えの時には早苗、刈り入れの時は稲穂が供えられます。衣装はベニガラで、顔は米の粉で、目・鼻・口は墨で彩色され、きれいな姿で祭りに出る習わしでした。多少の風化は見られるものの、状態は良好です。地域の方々が花やお供え物をあげ、大事に保存しています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-mizobe.html","備考":""},{"_id":61,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"石原の田の神","名称_カナ":"イシハラノタノカミ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"霧島市立溝辺公民館（みそめ館）","住所":"霧島市溝辺町麓3391","方書":"","緯度":31.8256372,"経度":130.6870248,"電話番号":"0995-58-3391","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1982-06-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"像には、「天明四甲辰八月吉日奉寄進康申○有川一一○」と刻まれ、顔の下部分が一部欠けています。田植えには早苗が、刈り入れの時は稲穂が供えられました。衣装はベニガラで、顔は米の粉、目・鼻・口は墨で化粧して豊作を祈念していました。石原麦牟田地区の畦にあったものを工場敷地造成のため、昭和49年1月20日に旧中央公民館の庭に移転し、さらに、平成5年10月9日みそめ館（現溝辺公民館）の開館に合わせて現在地に移しました。以来、溝辺総合支所教育振興課で管理しています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-mizobe.html","備考":""},{"_id":62,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"紫尾田の田の神像","名称_カナ":"シビタノタノカミゾウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町上ノ3104-1","方書":"","緯度":31.8950792,"経度":130.6637621,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2004-01-09","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"安良小学校入り口前の道路に面する高台の洞穴の中にあります。高さ60cmの衣冠（いかん）束帯型（そくたいかた）座像（神像型）で、背面に正保元年（1644）十一月吉日の銘が読みとれます。肢体はほぼ完全で郷士名の刻字が見られます。昔、紫尾田中郡の上の山中の洞穴にあったものを戦後移転しました。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":63,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"迫田家の田の神像","名称_カナ":"サコダケノタノカミゾウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町上ノ3470 ","方書":"","緯度":31.88427,"経度":130.68656,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2004-01-09","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"横川町上ノの迫田家の敷地内にあります。高さ40cmの神職型座像で、享保18年丑3月吉日の銘があります。両手首を欠損していますが、あぐらをかいて舌を出し、リラックスした容姿は特異なものが感じられます。姶良郡内でも古い年代のもので大変貴重です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":64,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"古城の田の神像","名称_カナ":"フルジョウノタノカミゾウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町上ノ2136-1","方書":"","緯度":31.901023,"経度":130.6451242,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2004-01-09","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"横川町古城地区の道路端にあります。高さ70cmの神職型で舟形後背にした半浮き彫りの田の神像です。享和3年3月3日（1803）の銘があり、三角形の烏帽子が特徴です。田の神像の顔にあんこ餅を塗りつける風習が今も受け継がれています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":65,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"馬渡の田の神像","名称_カナ":"マワタリノタノカミゾウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町下ノ960-1","方書":"","緯度":31.8745218,"経度":130.7088724,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2004-01-09","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"馬渡公民館の中にあります。高さ62cmの田の神舞神職型の田の神像で、寛政4年（1792）9月吉日の銘があります。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":66,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"山住家の田の神像","名称_カナ":"ヤマズミケノタノカミゾウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町下ノ3574","方書":"","緯度":31.8603502,"経度":130.7303928,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2004-01-09","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"横川町下ノの山住家の庭にあります。高さ61cmの神職型座像で、寛保3年（1743）の銘があります。姿態は精巧でリアルで刻字により年代及び庚申講を確定できます。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":67,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"黒葛原の田の神像","名称_カナ":"ツヅラバルノタノカミゾウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町下ノ3963","方書":"","緯度":31.8789108,"経度":130.7262655,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2004-01-09","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"黒葛原用水路堰脇の草原に立っています。高さ78cmの神職型座像です。年代は不明ですが、享保八年（1724）以降ではないかと思われます。洋風を感じさせる一風変わった容姿が珍しい田の神です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":68,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"田の神","名称_カナ":"タノカミ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市牧園町持松竪神社境内","方書":"","緯度":31.8271369,"経度":130.80557,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1982-05-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"持松竪神社境内にある田の神は、享保20年（1735）7月吉日の銘があり、牧園町内では一番古い田の神です。衣冠の姿で両手を膝に置き角張った座像です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-makizono.html","備考":""},{"_id":69,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"田の神","名称_カナ":"タノカミ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市牧園町上中津川溝口","方書":"","緯度":31.8383461,"経度":130.7842456,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1982-05-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"上中津川溝口にある田の神は、高さ1mくらいの自然石に「御田之神」と刻んであり、宝暦12年（1762）の建立です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-makizono.html","備考":""},{"_id":70,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"田の神","名称_カナ":"タノカミ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市牧園町高千穂栗川","方書":"","緯度":31.87729,"経度":130.82449,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1982-05-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"高千穂栗川にある田の神は、雑木林の小高い丘の上にあり、高さ50cmくらいの自然石です。「御田之神」明和6年（1769）6月12日の銘があります。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-makizono.html","備考":""},{"_id":71,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"湯本大権現碑","名称_カナ":"ユノモトダイゴンゲンヒ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市隼人町姫城三丁目122","方書":"","緯度":31.77024,"経度":130.75792,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1987-03-31","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"旧隼人町姫城の清姫温泉内にあります。僧明源、鎌倉時代の永仁元年（1293）の銘があることから、碑の建てられたのは鎌倉時代の後半期で、明源というお坊さんがお湯の出たことを記念して、湯源に石をご神体として湯の神様を祭ったものと思われます。石碑の裏に永禄10年（1567）の追刻があります。それによれば、「石碑は地下5尺（約160cm）の所に埋まっていた。松慶というお坊さんが、4月中旬に3夜共に同じ夢を見て、石碑が地下にあることを知り、それを掘り出した。感激の余り、松慶は経緯を碑の裏に彫り、国土安穏・万民の幸せを祈り、再び碑を建て直した。」とあります。姫城地区の温泉の起源を知る上で重要な石碑です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":72,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"小村新田のハンギリ出し","名称_カナ":"コムラシンデンノハンギリダシ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定無形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市国分広瀬2096","方書":"","緯度":31.7078912,"経度":130.756407,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2023-07-20","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"国分広瀬の干拓潮遊池（潮だまり）で毎年8月16日にお盆の精進落としとして行われる伝統行事です。ハンギリと呼ばれる底の浅い馬の飼葉桶を板と孟宗竹でイカダとし、潮だまりに浮かべます。その上に乗って投網でエッナ（ボラの子ども）などの魚を獲る漁を行い、せごしにして酢味噌で食べます。江戸時代末期に小村新田を干拓した際、護岸や用水等のために潮だまりが造られました。水の管理のために水守りを置き、給料代わりに漁業権が与えられました。水守りなどが日を決めて許可書を発行し、エッナを獲らせたことが起源とされます。盆の精進落としとして行われる行事は希少で、地域の歴史と文化を伝えます。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":73,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"狭名田棒踊り","名称_カナ":"サナダボウオドリ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定無形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市霧島田口（狭名田集落）","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1970-06-20","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"この踊りの由来は色々な説があって、1つに定めにくいようです。ア.島津藩が士気を鼓舞するために、棒術を踊りに仕組みました。イ.薩摩独自の示現流の剣法を舞踏化したものです。ウ.伊勢神宮のお田植祭のお田植踊りをまねたものです。このように、色々な説があります。棒踊りは、昔からお田植祭や、農耕、祝事、神事の時に奉納されてきました。現在も、狭名田、田口、枦田、桂内の4集落で継承されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kirishima.html","備考":""},{"_id":74,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"田口棒踊り","名称_カナ":"タグチボウオドリ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定無形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市霧島田口（田口集落）","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1970-06-20","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"この踊りの由来は色々な説があって、1つに定めにくいようです。ア.島津藩が士気を鼓舞するために、棒術を踊りに仕組みました。イ.薩摩独自の示現流の剣法を舞踏化したものです。ウ.伊勢神宮のお田植祭のお田植踊りをまねたものです。このように、色々な説があります。棒踊りは、昔からお田植祭や、農耕、祝事、神事の時に奉納されてきました。現在も、狭名田、田口、枦田、桂内の4集落で継承されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kirishima.html","備考":""},{"_id":75,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"枦田棒踊り","名称_カナ":"ハシタボウオドリ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定無形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市霧島田口（枦田集落）","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1996-05-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"この踊りの由来は色々な説があって、1つに定めにくいようです。ア.島津藩が士気を鼓舞するために、棒術を踊りに仕組みました。イ.薩摩独自の示現流の剣法を舞踏化したものです。ウ.伊勢神宮のお田植祭のお田植踊りをまねたものです。このように、色々な説があります。棒踊りは、昔からお田植祭や、農耕、祝事、神事の時に奉納されてきました。現在も、狭名田、田口、枦田、桂内の4集落で継承されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kirishima.html","備考":""},{"_id":76,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"桂内棒踊り","名称_カナ":"カツラウチボウオドリ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定無形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市霧島田口（桂内集落）","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1999-03-31","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"この踊りの由来は色々な説があって、1つに定めにくいようです。ア.島津藩が士気を鼓舞するために、棒術を踊りに仕組みました。イ.薩摩独自の示現流の剣法を舞踏化したものです。ウ.伊勢神宮のお田植祭のお田植踊りをまねたものです。このように、色々な説があります。棒踊りは、昔からお田植祭や、農耕、祝事、神事の時に奉納されてきました。現在も、狭名田、田口、枦田、桂内の4集落で継承されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kirishima.html","備考":""},{"_id":77,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"十八日の馬","名称_カナ":"ジュウハチニチノウマ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定無形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1987-03-31","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"旧暦1月18日（現在はそれに近い日曜日）に鹿児島神宮初午祭に奉納される「鈴かけ馬踊り」のこと。地元では祭り日に因んで、「十八日の馬」と呼んでいます。馬が太鼓・三味線・鉦の伴奏に合わせて首を振り、足でステップを踏みながら踊ります。その後を人間の踊り連が、ハンヤ節に似たテンポの唄に合わせて踊りながら付き従います。室町時代に日秀上人、島津貴久、正八幡神官・桑幡氏の3人が、一夜に馬頭観音のお告げを夢見て、馬頭観音堂を建てたことに由来するといわれています。牛馬守護・五穀豊穣・家内安全・厄除けなどを祈る伝統芸能です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":78,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"川尻琉球人踊り","名称_カナ":"カワシリリュウキュウジンオドリ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定無形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市隼人町見次川尻","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1991-03-31","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"島津義久公が富隈城或いは舞鶴城に居城していた江戸時代の初め頃、琉球の人々との往来がありました。その行列を目にした川尻の人が行き交う行列を真似て三味線を弾き歌を歌いつつ、おもしろおかしく楽しい踊りを仕立てて伝え伝えてきた踊りが琉球人踊りそのものの始まりだと言われています。琉球風の髪型を紫の布で飾り、琉球がすりに、青の手甲に脚半・白の腰巻き・青の前掛けにわらじを履き、道行き、琉球人踊りやんばる・大和人（ヤマトチュウ）奴踊り・伊予節そして最後にまた道行きの五部構成で、鉦・太鼓・三味線に合わせて4つ竹を鳴らして踊ります。子供達は琉球がすりの右肩袖を脱ぎ、緋の襦袢に緋の腰巻きという姿で、踊りを披露します。手と手を、心と心を結び、喜び楽しみを共有し、世代時代世紀を乗り越え、集落の連携を拡げ固めながら、川尻集落の人々が代々受け継いできた琉球人踊りは、保存会のもと地区全体で踊りの伝承と披露に取り組んでいます。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-hayato.html","備考":""},{"_id":79,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"宝塔","名称_カナ":"ホウトウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市国分府中町11-3","方書":"","緯度":31.7464028,"経度":130.7594617,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1974-06-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"府中の祓戸神社付近はかつて大隅の国府があったところといわれており、そのため近くにある宝塔も国府役人に関係するものと考えられています。宝塔は「法華経」が説く多宝如来と釈迦如来を本尊とする一重の塔ですが、密教では金剛界大日如来を表現しているといわれています。宝塔の形式は、基礎（方形の台）、塔身（壷形又は筒形）・笠（四角い屋根）・相輪（笠の上の部分）からなっています。この宝塔は造塔の様式から、鎌倉初期、税所氏のものだろうといわれています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":80,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"島津義久の墓所","名称_カナ":"シマヅヨシヒサノボショ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"金剛寺跡","住所":"霧島市国分中央二丁目3840-2","方書":"","緯度":31.7377986,"経度":130.7777237,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1999-08-18","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"城山公園の登り口、金剛寺跡に薩摩藩第16代藩主島津義久の墓があります。5m以上ある石造りの層塔で「妙谷寺殿貫明存忠庵主」と刻まれています。義久の遺体は鹿児島市の福昌寺に葬られましたが、その一部（抜歯といわれる）が祀られたものとされています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":81,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"島津義久の墓","名称_カナ":"シマヅヨシヒサノハカ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"徳持庵跡","住所":"霧島市国分上井5-2 ","方書":"","緯度":31.7236963,"経度":130.7778392,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2005-04-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"上井徳持庵跡の義久の墓は、廃仏毀釈で徳持庵が破壊された後、金襴の袋に納められていた分骨を、明治8年に埋葬した墓といわれています。「大國豊知主命」「慶長十六年辛亥正月二十一日」と刻まれた石塔で、文化財的に大変貴重です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":82,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"真応上人石室","名称_カナ":"シンノウショウニンセキシツ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"金剛寺跡","住所":"霧島市国分中央二丁目3842-1","方書":"","緯度":31.7375956,"経度":130.7775132,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1999-08-18","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"金剛寺跡の境内の南西に「お上人様」といわれ、今も人々の崇拝を集めるお堂があります。お上人様とは金剛寺10代住職真応上人のことで、お堂の後ろにある石室は、上人入滅のところです。元禄5年（1692）上人74歳のとき、三尺四方の石室を造り、その中にこもって昼は読経、仏像の彫刻、夜は念仏を唱えて当山守護のことを祈る日々を送りました。入室から7年、元禄11年（1698）80歳で入滅するまで、遠方からもその徳を慕って多くの人々が礼拝に訪れ、病や痛苦も除かれたと「真応上人修行記」にあります。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":83,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"乗林寺深亮房覺遍の墓","名称_カナ":"ジョウリンジシンリョウボウカクヘンノハカ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市国分重久1720","方書":"","緯度":31.7728599,"経度":130.7902515,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"2010-06-22","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"覺遍は尾群山錫杖院乗林寺の第32世の住持で、学徳ともに優れた名僧でした。彫刻家、仏師としても非凡な才能を持っていました。また、止上神社の鳥居再建の竣工式で祝詞をあげるなど多大な功績を残しました。覺遍の墓は高さ130cmを測り、基礎と軸部の側面に碑文があります。軸部の正面には月輪型の穴があり、中には「覺遍」と書かれた石の板が納められ、穴の周辺には蓮華などの装飾を巡らしています。一部に欠損があるものの、岩窟内部に納められているため、きわめて保存状況がよく、貴重な文化財です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-kokubu.html","備考":""},{"_id":84,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"溝辺城跡","名称_カナ":"ミゾベジョウアト","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市溝辺町麓4644-1","方書":"","緯度":31.8033211,"経度":130.6979761,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1982-06-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"溝辺城は、薩・隅・日の地理纂考（薩摩・大隅・日向の一部の地誌を編集したもので、明治10年頃完成）に「溝辺城ハ溝辺村（今ノ麓）二アリ元弘ノ頃、溝辺孫太郎居城ナリ。事跡詳ナラス」とありますが、鎌倉時代の末期、後醍醐天皇（九十六代）元弘二年（1332）頃、溝辺孫太郎という豪族の居城（山城）として築かれたと伝えられています。城の形状は、東西約50m、南北約400mの細長い丘陵地で、北側から林道が内部に延びており、この辺りが城の入口と思われます。この林道を奥に進むと、人力によってなされたと思われる切り通しの跡や、井戸と思われる跡が確認されています。頂部は比較的平坦に土がならされ、いくつかの段状になっているなど、山城としての形状がうかがわれます。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-mizobe.html","備考":""},{"_id":85,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"段溝跡","名称_カナ":"ダンミゾアト","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市溝辺町竹子","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1991-11-08","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"昔から溝辺町のなかでは唯一のまとまった田地が竹子地区でした。網掛川の上流地域ですが、水不足に悩まされていました。その対策として、1660年頃と推定されますが、旧薩摩郡永野町（薩摩町）の段集落の川に井堰を設け、約6kmにわたって山を刳り貫き、久留味川の底を渡り、宮川内まで水路を通して水田の灌漑に供したものです。しかし、水の取り入れ口の段集落下流域の開墾に伴い、水権利の問題も絡み、竹子地区への通水は困難となり、いつしか廃絶してしまいました。民有地の土手に、わずかに穴の痕跡がありましたが、年月の経過により崩れ落ち、今ではその場所にあったというだけの確認しかできません。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-mizobe.html","備考":""},{"_id":86,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"野首の墓石群","名称_カナ":"ノクビノボセキグン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市溝辺町麓野首","方書":"","緯度":31.8063119,"経度":130.6935916,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1991-11-08","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"溝辺町橋之口集落の岩元家代々のもので、唯一まとまって見られる最も古い武士の墓です。確認できる墓で最も古いものは、「岩元右衛門妻」の墓で、明和4年没とあるので1767年、江戸時代の中期頃からのものと考えられます。集落の共同墓地であり、古い墓石と近年の墓石が共存しています。住民の方々により年間を通して管理されており、多少の風化は見られるものの、保存状態は良好です。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-mizobe.html","備考":""},{"_id":87,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"瑞泉山心慶寺跡","名称_カナ":"ズイセンザンシンケイジアト","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市溝辺町麓中丸","方書":"","緯度":31.7975284,"経度":130.6975644,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1991-11-08","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"心慶寺は溝辺城の南面麓に位置し、越前守（えちぜんのかみ）肝付兼固（きもつきけんご）が溝辺の領主となり、溝辺城に移転後、肝付家の菩提寺（ぼだいじ）として建立されました。宗派は曹洞宗（そうとうしゅう）、福昌寺の末寺です。本尊は地蔵菩薩で開山は心慶良信（りょうしん）和尚（おしょう）（福昌寺五世）でした。緩やかな山林傾斜地に寄り添うように墓石が建っています。以前は、山手にあったものが度重なる土砂崩れで現在の地になったとも言われています。周囲は山林と化しているものの、三基の住僧の墓碑やその他の者の墓碑と、お寺の門前周辺にあったと思われる常夜燈の石燈があるなど、昔の名残を留め、廃墟の跡のむなしさと物寂しさを物語っています。三基の住僧の墓碑のなかの一つが貫周（かんしゅう）という僧侶の墓であることが確認されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-mizobe.html","備考":""},{"_id":88,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"安良山来福寺真乗院跡","名称_カナ":"ヤスラヤマライフクジシンジョウインアト","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町中ノ川北脇","方書":"","緯度":31.902755,"経度":130.696728,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1962-02-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"寺跡は杉林となっており、岩窟の中に木仏像と不動明王石像が安置されていましたが、平成18年（2006）に木仏像が紛失しました。その紛失した木仏像は来福寺の本尊十一面観世音像で永正6年（1509）正椿（まさかめ）の作といわれています。また、寺跡の裏の雑木林に当時の住職たちの墓が数十基立っています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":89,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"万亀山仙寿寺跡","名称_カナ":"マンキサンセンジュジアト","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町中ノ川北馬場","方書":"","緯度":31.9025008,"経度":130.692088,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1962-02-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"栗野徳元寺第4世の住職三了和尚の開山といわれています。寺の位置は、横川町中ノ川北馬場で、北には雑木林が生い茂っています。この山中に住職たちの墓20基が3段に分かれて建っています。仙寿寺は、横川城主北原氏の菩提所であったと伝えられています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":90,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"安良神社","名称_カナ":"ヤスラジンジャ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町上ノ上小脇安良","方書":"","緯度":31.9050711,"経度":130.6690083,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1962-02-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"安良神社は、鹿児島神宮、霧島神宮、加治木春日神宮、福山宮浦宮とともに尊び崇められてきました。祭神は安良大明神、十一面観世音菩薩、安良姫の母君など、神仏が一緒になった神社で創建は和銅元年（708）の頃と見られます。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":91,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"腰越神社の跡","名称_カナ":"コシゴエジンジャノアト","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町上ノ下小脇岩元","方書":"","緯度":31.9005974,"経度":130.6785653,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1962-02-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"腰越神社は、安良姫の母を祀る神社です。母は安良姫が罪人として都落ちしてから、姫の悲運の身を嘆き、姫の後を追って苦難の末小脇にたどり着きましたが、それを知らない村人たちは姫の身を気遣って姫をかくまいました。このため母は前途に絶望を感じ、その夜自害してしまいました。腰越神社は、明治44年1月安良神社に合祀されたため、神社跡には「腰越神社遺址」と刻まれた石碑が建っています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":92,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"徳源社","名称_カナ":"トクゲンシャ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町上ノ夢想谷下山","方書":"","緯度":31.9111477,"経度":130.6220459,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1962-02-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"山ヶ野金山創業の主、宮之城領主島津久通（徳源公）の遺徳を偲んで祀ったものです。山ヶ野金山は寛永17年（1640）3月に採掘に着手し、島津藩の財政に大きく貢献しました。徳源公の碑は延宝2年（1674）12月、永野安養院念行寺の境内に建立したものを、明治17年3月22日に現在地に移しました。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":93,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"木浦権現","名称_カナ":"キウラゴンゲン","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町上ノ木浦","方書":"","緯度":31.8942534,"経度":130.6376173,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1962-02-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"横川町上ノ木浦の雑木自然林の中程に錆（さび）矛（ほこ）が立って美しい蘚が生えているあたりがお宮跡といわれていて、冬温かく夏冷たい泉がこんこんと流れて、紫尾田川の源流をなしています。祭神は瓊々杵尊（ににぎのみこと）の母君万幡豊秋津師比売命（よろずばたとよあきつしひめのみこと）で、居住の跡といわれています。周辺から土器や石斧その他の出土品もあり、横川郷土館に展示しています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":94,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"阿弥陀寺の跡","名称_カナ":"アミダジノアト","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町上ノ正牟田阿弥陀原","方書":"","緯度":31.8930101,"経度":130.6534377,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1962-02-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"榊原岡の西部の領域2反余りが阿弥陀寺跡といわれています。明治初年までは、頼朝石という石や寺の由来を記した碑があったそうですが、山陵確定の際に土地の人たちが事の煩雑面倒を恐れ、夜密かにその碑石を搬出して埋没したと伝えられています。寺跡には五輪の塔、供養塔群が多数埋没していて、昭和57年8月1日その一部を発掘し修復を行いました。供養塔の一基に元徳2年（1330）8月の銘が刻まれています。また、阿弥陀寺の本尊と思われる木像3体は黎明館に保存されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":95,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"弓削が丘","名称_カナ":"ユゲガオカ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町上ノ正牟田茶園山","方書":"","緯度":31.8912635,"経度":130.6496044,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1962-02-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"湯貝の峯、茶園の丘ともいわれる雑木林の小高い丘です。頂上には檜が生え円形幅約18mの土塚になっています。彦火々出見尊（ひこほほでみのみこと）の御陵ではないかという伝説もありますが、旧記並びに阿弥陀ケ原の碑文等によると彦火々出見尊（ひこほほでみのみこと）の御陵は、鹿児島神宮を去る4里のところにあると記されており、ちょうどその位置に当たっています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":96,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"横川城跡","名称_カナ":"ヨコガワジョウアト","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町中ノ城山","方書":"","緯度":31.8998761,"経度":130.6916518,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1962-02-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"鎌倉時代の初期、承久元年（1219）、横川藤内兵衛尉時信（とうないひょうえのじょうときのぶ）が城山に築城したもので、別名長尾城ともよばれています。城は横川院の領主の居城で、室町時代の頃から真幸院の領主北原氏の支城となりましたが、永禄5年（1562）北原伊勢守・新助の父子が島津氏に反抗したため、島津義弘・歳久等の攻撃を受け、落城しました。その後、城は菱刈大和守重猛に与えられましたが、永禄10年重猛の弟隆秋が島津にそむいたため、攻撃を受けました。横川城は島津占領の後廃城となりました。旧横川町は横川城の全容を探索するため昭和61年10月21日から11月29日まで本丸と思われる城跡の発掘調査を実施しました。出土品は横川郷土館に保管されています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":97,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"民部塚","名称_カナ":"ミンブヅカ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市横川町中ノ二石田民部塚","方書":"","緯度":31.8864963,"経度":130.6954711,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1962-02-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"北原民部之助は、横川城主北原伊勢守の弟で、島津の大軍が横川城攻めの時、年齢18歳で奮戦して敵を悩ませました。しかし、敵の大軍に包囲され行きづまり、「北原民部の最後を見て後世の手本にせよ」と叫び、腹部を十文字に掻き切って横川城頭の露と消えました。この場所は民部塚と呼ばれ、石碑が建てられています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-yokogawa.html","備考":""},{"_id":98,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"宝篋印塔三基","名称_カナ":"ホウキョウイントウ3キ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市牧園町三体堂778","方書":"","緯度":31.8649854,"経度":130.760536,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1977-04-15","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"三体堂中福良の民家の裏山の中腹にある3基の石塔です。熊本県相良氏の庶流である永留氏が生前に建立した逆修塔だと言われています。中央の宝篋印塔の宝輪に一条を刻し、中心にある相良一族の文様の両側に縦六条を刻しているのが永留氏の3代目を示すものです。永留氏の縦条は、初代が四条、2代が五条、4代が七条、5代が八条だと言われています。この宝篋印塔には刻名はありませんが、これらの文様で相良一族の永留氏3代目頼積の石塔であることがわかります。昔から「ソガドン墓」と言われたのは、この石塔を代々観てきた井手上氏が曽我一族の伊東の出だからだといわれています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-makizono.html","備考":""},{"_id":99,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"臼崎の石塔","名称_カナ":"ウスザキノセキトウ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市牧園町持松539-4","方書":"","緯度":31.8145787,"経度":130.799535,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1982-05-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"牧園町持松の臼崎には、中世石塔の累積群があります。その中の一つには、台石に金阿弥陀仏の時衆宗の法号と、「康安2年（1362）3月17日孝子施主敬白」の文字が刻まれています。台石上面の反花蓮弁の彫刻から、熊本県人吉の領主相良氏のものであり、相良家八代実重の父前頼の夫人のものだろうといわれています。三体堂中福良の宝篋印塔（ソガドン墓）や下中津川改田口の石塔、下中津川犬飼の畦地観音の石塔群は相良氏一族永留氏のものであり、どれも鎌倉時代から南北朝、室町時代までのものだといわれています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-makizono.html","備考":""},{"_id":100,"都道府県コード又は市区町村コード":462187,"NO":"","都道府県名":"鹿児島県","市区町村名":"霧島市","名称":"島津源七郎忠直の墓","名称_カナ":"シマヅゲンシチロウタダナオノハカ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"霧島市牧園町宿窪田761-5","方書":"","緯度":31.8592735,"経度":130.7541057,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":"","員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1992-06-01","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"宿窪田タッガ迫にあります。墓石の正面に「元和7年辛酉、然叟清廓庵主、5月29日」とあり、右の面に「島津源七郎忠直」と刻んであります。源七郎忠直は、宮崎佐土原の領主となった島津家久（義弘の弟）の二男として生まれ、幼少のころ川内東郷家の養子になりました。慶長19年（1614）から元和7年（1621）まで三体堂村の領主としてこの地に住んでいました。「本藩人物誌」によれば、1614年に本城から三体堂に移り、1620年に18代藩主家久が忠直に三体堂村714石を与えています。その翌年48歳で亡くなりました。土地の人たちの伝説によれば、忠直の家が夜襲をかけられたとき、白い鶏が時を告げて危ないところを救ってくれたので、それから白い鶏は決して食べないといわれています。","説明_英語":"","URL":"https://www.city-kirishima.jp/bunka/kyoiku/rekishi/bunkazai/shitebunkazai/bunka-makizono.html","備考":""}], 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