{"help": "https://data.bodik.jp/api/3/action/help_show?name=datastore_search", "success": true, "result": {"include_total": true, "limit": 100, "records_format": "objects", "resource_id": "fa91d2ef-3792-4d8d-b6ad-69a217dfe874", "total_estimation_threshold": null, "records": [{"_id":1,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":1,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"紙本著色近江名所図　六曲屏風","名称_カナ":"しほんちゃくしょくおうみめいしょず　ろっきょくびょうぶ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"双","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"1987-06-06 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"琵琶湖西岸の名所を、四季のうつりかわりの中に描く。堅田や坂本の町並を中心に、右隻は湖中の鳥居で知られる白鬚神社から雪をいただいた比良山・堅田まで、左隻は日吉大社・坂本から唐崎の松・三井寺までを描く。堅田では、湖中に突き出た切妻造の浮御堂、竹矢来で囲まれた関所が目につく。琵琶湖には数多くの舟が行きかい、漁をする姿も見られる。全体に数多くの人物が描かれ、その表現は上杉本の洛中洛外図に極めて近い。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/2597","備考":""},{"_id":2,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":2,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"紙本墨画叡山図　曾我蕭白筆","名称_カナ":"しほんぼくがえいざんず　そがしょうはくひつ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"幅","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2011-03-24 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"琵琶湖の東岸から比叡山を望んだ図で、画面中央に比叡山と延暦寺の堂舎を描く。麓には大津や坂本の町並みに、唐崎には松、堅田には雁の群れなど、名所絵的な要素も備える。画面上部の余白には、西教寺の真如上人による讃文が記される。独創的な画風で注目を集める曾我蕭白が、唯一現実の風景を描いた作品として、高く評価される。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?624","備考":""},{"_id":3,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":3,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"紙本墨画楼閣山水図　高田敬輔筆\n紙本墨画琴棋書画図　高田敬輔筆","名称_カナ":"しほんぼくがろうかくさんすいず　たかだけいほひつ\nしほんぼくがきんきしょがず　たかだけいほひつ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":8,"員数（単位）":"面","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2017-03-19 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"本図は近江出身の画人である高田敬輔によるもので、４枚からなる襖の表裏８面に描かれた墨画。画題は片面が楼閣山水画、もう片面が琴棋書画図である。琴棋書画図は、教養ある士大夫が嗜むべきとされた四芸（琴・棋・書・画）に興じている７人の高士、その背後には竹林が描かれる。戦乱の俗世を離れ、竹林で清談を楽しんだという中国の故事「竹林の七賢」をあらわす。伝統的な画題である「琴棋書画」と「竹林七賢」が意図的に重ね合わせられている。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?691","備考":""},{"_id":4,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":4,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"信楽 矢筈口水指","名称_カナ":"しがらき　やはずくちみずさし","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"口","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"1990-03-24 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"甲賀郡信楽町大字多羅尾字古谷で発見され、昭和29年（1954）滋賀県に寄贈された。その形が、矢の上端の弦を受ける矢筈に似ているところから、矢筈口水指と呼ばれる。成形は粘土紐を巻き上げる紐土造で、轆轤で仕上げを行い、釉薬をかけずに焼き締めている。口辺に幅の広い縁帯があり、口縁部には蓋を置くための落とし縁を設けている。胴は切立ちに近いが、成形後に両手で押えてへこませている。このほか、箆削りで形を整えた痕跡も残っている。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?313","備考":""},{"_id":5,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":5,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"東寺文書（百七通）","名称_カナ":"とうじもんじょ（ひゃくななつう）","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2009-07-10 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"本文書は、京都の教王護国寺（東寺）に伝来した寺院文書の一部で、御上神社（野洲市）の社家大谷家に伝来した文書群である。荘園文書や寺内諸職補任にかかわる請文等が豊富で、流出文書のなかでもまとまった古文書群として、平安時代から江戸時代までの１０７点を数える。荘園史研究・寺史研究上の一級史料である既指定の東寺文書を補うものとして貴重である。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/00011342","備考":""},{"_id":6,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":6,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"滋賀県西河原遺跡群出土木簡","名称_カナ":"しがけんにしがわらいせきぐんしゅつどもっかん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":64,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2011-06-27 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/00011496","備考":""},{"_id":7,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":7,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"東寺文書（滋賀県所有本）","名称_カナ":"とうじもんじょ（しがけんしょゆうぼん）","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":72,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2007-06-01 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"東寺文書は、京都の教王護国寺（東寺）が作成・集積して保存していた約３万点の中世文書群で、江戸時代以降散逸し、京都府立総合資料館所蔵「東寺百合文書」（国宝）をはじめとして、各所に別れて所在している。滋賀県所有本も江戸時代に東寺から流出したものと考えられ、近世文書７２点を数える。日本中世史、宗教史を研究するための一級史料である東寺文書の一部として、貴重である。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?710","備考":""},{"_id":8,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":8,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"近江国絵図","名称_カナ":"おうみのくにえず","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1115,"員数（単位）":"枚","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"1967-04-24 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"廃藩置県によって旧幕旧藩から滋賀県に引き継がれた絵図類。近江一国の絵図・郡絵図・村絵図・相論絵図・明治の地券図作成関連絵図などからなる。江戸幕府が全国の大名に三度にわたって作らせた正保・元禄・天保の国絵図、元禄8年（1695）の大津各町の絵図、寛文2年（1662）・天和4年（1684）・元文2年（1737）の膳所城に関する絵図などが含まれ、豊富な内容は近江の歴史を研究する上で貴重な資料となっている。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?355","備考":""},{"_id":9,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":9,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"鴨田遺跡出土巡礼札","名称_カナ":"かもたいせきしゅつどじゅんれいふだ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":54,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2005-04-20 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?533","備考":""},{"_id":10,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":10,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"東光寺遺跡出土呪符木簡","名称_カナ":"とうこうじいせきしゅつどじゅふもっかん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":2,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2005-04-20 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"昭和５８年（1983）に大津市大萱二丁目の東光寺遺跡の発掘調査で発見された。８間×６間の総柱の南北棟建物の北東隅（丑寅＝鬼門）の柱穴からみつかり、１号木簡は柱穴下部に直立し、２号木簡はその上で二つ折れの状態で出土した。ともに、道教系の呪符の文言が見られるところから、建物建立に際し呪符木簡を使用した何らかの道教系の祭祀が行われたと考えられる。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?534","備考":""},{"_id":11,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":11,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"近江輿地志略（寒川辰清自筆本）","名称_カナ":"おうみよちしりゃく（さむかわとききよじひつぼん）","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2006-03-17 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"「近江輿地志略」は、享保８年（1723）膳所藩主本多康敏の命をうけて藩士の寒川辰清が編纂に着手し、享保１９年に完成した近江国の地誌。全体で１０１巻１００冊からなり、近江国の概観からはじまり、次いで村毎に名所旧跡・寺社等を紹介し、最後に「人物」や「土産」などのテーマ別の内容を盛り込む。１００巻の内６巻を欠くが、蔵書印から藩庫にあったことが知られる。滋賀県の基本地誌の原本として、極めて貴重である。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?604","備考":""},{"_id":12,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":12,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"滋賀県行政文書","名称_カナ":"しがけんぎょうせいぶんしょ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":9068,"員数（単位）":"冊","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2013-03-19 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"滋賀県が地方行政を行うために作成または受理し、永年保存文書として管理保管してきた公文書のうち、おおむね慶応4年（1868）から昭和20年（1945）までのもので、総点数は9068冊を数える。大津県、滋賀県の公文書を中心に、旧藩・旧県引継ぎ文書を含め、明治初期の史料がよく保存されている。明治中期では、琵琶湖疏水の建設や大津事件に関わる文書も含まれ、戦災や自然災害等にあうこともなく、保存状態も良好である。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?685","備考":""},{"_id":13,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":13,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"袈裟襷文銅鐸\n突線袈裟襷文銅鐸\n流水文銅鐸","名称_カナ":"けさだすきもんどうたく\nとっせんけさだすきもんどうたく\nりゅうすいもんどうたく","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":10,"員数（単位）":"口","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"1987-06-06 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"野洲町大岩山では、明治14年（1881）に14口、昭和37年（1962）に10口の銅鐸が発見されているが、滋賀県の所有となって重要文化財の指定をうけているのが後者である。10口の内、流水文銅鐸が山頂付近で単独で発見された以外は、大・中・小の3個が入れ子状態の3箇体として、山腹の土坑中で発見された。袈裟襷文銅鐸と突線袈裟襷文銅鐸は全体として共通した文様をとるが、一部に個別の特色が見られる。大岩山のように、一カ所に集中して銅鐸が埋納されている例は、極めて稀である。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/10041","備考":""},{"_id":14,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":14,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"近江新開古墳出土品","名称_カナ":"おうみしんがいこふんしゅつどひん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"1987-06-06 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00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?611","備考":""},{"_id":21,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":21,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"相谷熊原遺跡出土品","名称_カナ":"あいたにくまはらいせきしゅつどひん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":535,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2015-12-18 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?689","備考":""},{"_id":22,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":22,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"上御殿遺跡出土短剣鋳型","名称_カナ":"かみごてんいせきしゅつどたんけんいがた","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"対","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2019-12-24 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"高島市安曇川町の上御殿遺跡から出土した双環柄頭短剣を彫り込んだ鋳型で、鋳造の痕跡はない。彫り込まれた短剣の特徴から弥生時代中期から後期のものと見られる。中国北方地域の春秋戦国時代のオルドス青銅短剣に類似する。国内、国外ともに同種の銅剣は出土していない。朝鮮半島を通じて九州地方に伝わった銅剣とは別系統の銅剣の存在を示すとともに、その系譜が日本海経由で伝わった可能性を示唆し、石製鋳型の実態や銅剣の鋳造技術を知る上でも極めて資料価値が高い。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?729","備考":""},{"_id":23,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":23,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"桜生七号墳出土品","名称_カナ":"さくらばさましちごうふんしゅつどひん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":35,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2021-02-16 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"桜生古墳群は野洲市小篠原に所在し、直径10～20m程度の円墳16基から構成される古墳群である。桜生七号墳出土品は、古墳墳丘の盛土内から出土した築造過程の儀礼を示す一群と、石室内部から前庭部周辺にかけて出土した副葬品の一群に大別できる。なかでも「此者□□首□□」の7文字が刻まれた7世紀中葉頃の須恵器短頸壷は、滋賀県における文字文化の普及を考える上で貴重な古墳出土資料であり、日本国家の形成期における中央政権と地方豪族との関わりを考えるための資料として価値が高い。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?732","備考":""},{"_id":24,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":24,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"大津事件関係資料","名称_カナ":"おおつじけんかんけいしりょう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":99,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"2004-04-16 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"明治２４年（１８９１）５月１１日ロシア皇太子が沿道で警備にあたっていた巡査・津田三蔵に斬りつけられて負傷した大津事件にかかる資料群。事件直後に滋賀県が作成した事件顛末書、負傷した皇太子を介抱した永井家の買収に関する資料、凶器のサーベル・血染めのハンカチ・座布団等の記念品類からなる。これら資料は、保存箱に収納され、県庁倉庫内で管理されていた。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?531","備考":""},{"_id":25,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":25,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"貫井の木地屋用具と製品","名称_カナ":"ぬくいのきじやようぐとせいひん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":25,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"1984-03-30 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"木地屋とは、各地の山林を移動しながらろくろを使って木碗や盆を作った工人の事で、葛川の貫井は木地屋の村として、天保3年（1832）以後史料に見られる。木地屋道具としては、基本となるロクロとキザミ・カンナ・キザマ・ウマ・カタ・ミントと呼ばれる独特の道具類、製品としては壺椀二揃・平椀二揃・四つ重ね二揃である。道具自体は新しく作られたものであっても、その技法は近世以前にさかのぼれるものである。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?409","備考":""},{"_id":26,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":26,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"八日市の柄屋用具及び製品","名称_カナ":"ようかいちのからやようぐおよびせいひん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"大津市京町4-1-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":137,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"滋賀県","文化財指定日":"1986-03-28 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"柄屋とは棒屋とも呼ばれ、江戸時代の『人倫訓蒙図彙』に「鋤鍬柄師」と記されたように、カシやケヤキなどの堅木を加工して、鋤鍬の柄などの木製品を作る職人のことである。刃先は野鍛冶が作る分業体制となっていた。この柄屋用具及び製品は、八日市の屋号「柄藤」に伝わった、チョンナ・ノミ・木型などの原木伐採用具と柄木製作用具に、加工の工程を示す製品からなっている。農具の変化が進んでいくなかで、一括して保存がはかられたものである。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?410","備考":""},{"_id":27,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":27,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"大津百艘船関係資料","名称_カナ":"おおつひゃくそうせんかんけいしりょう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市御陵町3-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1237,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"大津市","文化財指定日":"2018-10-31 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"大津百艘船とは、天正１５年（１５８７）に、大津城主浅野長吉が大津に集めた船持の集団を指し、大津からの人と物資輸送の独占という特権を与えられ、公用輸送を担った。江戸時代には、幕府の公用船として琵琶湖水運において中心的な役割を果たした。本資料群は、大津百艘船船持仲間に伝来した資料群で、文書・記録類、高札類、器物類から構成される。江戸時代の琵琶湖水運の歴史を知るための基礎資料であり、交通史、経済史等研究上に価値が高い。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/00011828","備考":""},{"_id":28,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":28,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"鴟尾","名称_カナ":"しび","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市御陵町3-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":4,"員数（単位）":"箇","法人番号":"","所有者等":"大津市","文化財指定日":"2013-06-19 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"鴟尾とは、粘土を焼いて作られ、古代の宮殿や寺院の大棟の両端に据えられたもの。この鴟尾は、平成１３年度に大津市一里山三丁目・五丁目の山ノ神遺跡（現在、国指定史跡瀬田丘陵生産遺跡群の内）の窯跡で、４基まとまって発見された。鰭の構造から初唐様式のものであることがわかるが、頂部の突起をはじめとして類例がない。２基で一対となる鴟尾が４基見つかるなど多くの謎を含み、鴟尾の歴史を考える上で貴重な遺物である。なお、平成１６年度から１８年度にかけて、国庫補助事業として修理を実施し、全国で初めて３基は完全な形に、１基は内部の状況がわかるような形で復元した。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/00011595","備考":""},{"_id":29,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":29,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"絹本著色山王垂迹曼荼羅図","名称_カナ":"けんぽんちゃくしょくさんのうすいじゃくまんだらず","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市御陵町3-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"幅","法人番号":"","所有者等":"大津市","文化財指定日":"1977-02-01 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"画面全体を社殿の正面観に見立て、殿内に日吉大社の上七社と中七社の諸神を描く。中央に大きくあらわした僧形像は大宮で、その左右の同形像は二宮と聖真子、上方の男神・女神は八王子と三宮で、下方の僧形は十禅師、女神は客人である。この山王垂迹曼荼羅図は、安土町浄厳院本の系譜に入るが、中七社として四神が描かれ、中央の二神が女神であるところに特徴がある。裏書に「蓋伝楞厳先徳所写云」とあるように、浄厳院系の別本に属すものであろうか。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?151","備考":""},{"_id":30,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":30,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"紙本著色近江名所図","名称_カナ":"しほんちゃくしょくおうみめいしょず","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市御陵町3-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"双","法人番号":"","所有者等":"大津市","文化財指定日":"2004-04-01 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"６曲１双の屏風仕立てで、四季の変化の中で、年中行事、稲作、陸路と湖上を行き交う人々、遊興などを、瀬田の唐橋、膳所城、田上の里、琵琶湖などの景観をまじえて描く。特に注目されるのが、移り行く自然の中でいきいきと描かれている人々の姿で、瀬田川に架かる唐橋周辺の軽妙な表現は、この図の特徴といえる。後に蒔かれたと考えられる金砂子の金雲はこの図を損なっているが、１７世紀中頃に製作されたものと考えられる。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?550","備考":""},{"_id":31,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":31,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"居初家中世文書","名称_カナ":"いそめけちゅうせいもんじょ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市御陵町3-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":21,"員数（単位）":"通","法人番号":"","所有者等":"大津市","文化財指定日":"1973-11-01 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"居初家は中世の堅田諸侍の系譜に連なり、近世には船道郷士として村政の中枢に位置していた。明応8年（1499）の室町幕府奉行人奉書から、慶長5年（1600）の徳川家康禁制までのこの文書群は、室町将軍家・守護大名・戦国武将・統一政権などによる、湖上交通を支配した堅田の掌握過程を示している。近世湖上交通の出発点となった天正19年（1591）の秀吉朱印状や、文禄元年（1592）の唐入り水夫の徴発を命じる秀吉朱印状など、その内容は興味深い。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?323","備考":""},{"_id":32,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":32,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"真野古墳出土品","名称_カナ":"まのこふんしゅつどひん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市御陵町3-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":162,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"大津市","文化財指定日":"2023-03-17 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"真野六丁目で発見された真野古墳(4世紀末〜5世紀初)の出土品。墳丘中央部の割竹形木棺内から発見された、銅鏡(捩文鏡)１面と玉類、埴製舟形容器、埴製樋形容器と鉄製品からなる。捩文鏡は大津市内では初、二つの埴製容器も県内では出土例が無い。これらを含め、真野古墳の出土品は、大津市内所在の古墳の中では、他に類を見ない豊富かつ貴重な資料である。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?598","備考":""},{"_id":33,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":33,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"上仰木遺跡出土品","名称_カナ":"かみおおぎいせきしゅつどひん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市御陵町3-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":7,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"大津市","文化財指定日":"2010-03-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"上仰木遺跡の壕跡から見つかったもの。緑釉白地掻落牡丹唐草文梅瓶片は、中国北宋後期の「磁州窯系」の民窯で生産された。磁州窯系の掻落文陶器は、無色透明釉を施したものが多く、緑釉を掛けた例は極めて珍しい。類品は大英博物館や出光美術館などの蔵品が少数知られるが、国内ではこれが最初の出土品となる。墨画土器は、土師器皿の内面に僧侶・女性・長刀が、外面にも女性の姿等が、墨画で描かれる。全体で一つの場面を構成するものではないが、墨画土器は希少であり、平安時代末期の風俗画としても貴重である。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?622","備考":""},{"_id":34,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":34,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"石山国分遺跡（森瓦窯）出土瓦","名称_カナ":"いしやまこくぶいせき（もりがよう）しゅつどがわら","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市御陵町3-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":25,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"大津市","文化財指定日":"2017-03-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"石山国分遺跡（森瓦窯）は藤原宮へ供給することを目的に7世紀後半に開窯されたと考えられる。丸瓦4点、隅切平瓦２点、軒丸瓦4点、軒平瓦8点、丸瓦2点、平瓦5点が指定された。軒丸瓦の文様は複弁八弁蓮華文で、中房に１＋５＋９の蓮子を、外縁には線鋸歯文を巡らす。また軒平瓦は、内区に5単位の半パルメットを流れるように飾る偏行変形忍冬唐草文であるが、2種類に細分できる。これらは藤原宮跡から同笵の瓦が出土している。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?696","備考":""},{"_id":35,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":35,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"瀬田国民学校絵日記　昭和十九年五年智組","名称_カナ":"せたこくみんがっこうえにっき　しょうわじゅうくねんごねんちぐみ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市御陵町3-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"件","法人番号":"","所有者等":"大津市","文化財指定日":"2016-03-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"戦時下の昭和１９年（１９４４）度に瀬田国民学校（現、瀬田小学校）五年智組（女子学級）の生徒が描いた絵日記。絵日記は全１９７枚、１８８日分あり、和紙に墨と水彩で日々の学校生活が記録される。その中には戦時下の深刻な状況を書いたところもあるが、大半は日々の学習内容、学校や村でのさまざまなできごとによって占められており、戦時下にあって、子供たちがどのような学校生活を送っていたか窺い知ることができる。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?694","備考":""},{"_id":36,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":36,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"津田三蔵関係資料","名称_カナ":"つださんぞうかんけいしりょう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市御陵町3-1","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":294,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"大津市","文化財指定日":"2018-04-01 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"大津事件を起こした津田三蔵の履歴に係わる資料、津田三蔵が義弟などに送った自筆の書簡、津田三蔵宛に送られた書簡、津田三蔵及び親族関係資料、藤堂藩の御典医であった津田家の歴史をたどれる資料、その他からなる資料群である。従前、大津事件関係の資料としては、「大津事件関係資料」（県指定）、「永井家大津事件関係資料」（市指定）があり、本資料は当事者である津田三蔵に直接関わる資料として極めて貴重なものである。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?708","備考":""},{"_id":37,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":37,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"大般若波羅蜜多経（崇永版）","名称_カナ":"だいはんにゃはらみったきょう（すうえいばん)","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市北小松","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":600,"員数（単位）":"帖","法人番号":"","所有者等":"樹下神社","文化財指定日":"2000-03-10 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"本経典は600巻が一揃いの大部なもので、すべて南北朝時代に木版で摺られた版本。巻第六百の巻末に近江守護六角氏頼（法名崇永）が願主であることが記されているため、崇永版と呼ばれている。600巻が1巻も欠けることなく揃っているだけでなく、経典10巻を納める経帙や、経帙10帙を納める経箱、本経を転読する際に本尊とする「釈迦十六善神像」など中世のものが備わっている。もと、長命寺の什物だったが、15世紀に現在の地に移された。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?591","備考":""},{"_id":38,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":38,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"石造宝塔（北塔）","名称_カナ":"せきぞうほうとう（ほくとう）","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市北小松914","方書":"","緯度":135.96994230000001380176399834454059600830078125,"経度":35.25148089000000339865437126718461513519287109375,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"基","法人番号":"","所有者等":"樹下神社","文化財指定日":"2011-03-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"北小松の樹下神社境内に所在する二基の宝塔のうちの北塔。基礎は四面とも輪郭をまき、格狭間を配して内部に蓮華等を彫る。塔身は正面（現背面）に鳥居形を、他の三面は扉形を配す。屋根は軒裏に二段の階を設け、降り棟の表現は二段である。基礎の高さと幅の比率は大略1：1.6とやや高く、新しい傾向を示し、南北朝期の作と考えられる。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?625","備考":""},{"_id":39,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":39,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"石造宝塔（南塔）","名称_カナ":"せきぞうほうとう（なんとう）","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市北小松914","方書":"","緯度":135.96994230000001380176399834454059600830078125,"経度":35.25148089000000339865437126718461513519287109375,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"基","法人番号":"","所有者等":"樹下神社","文化財指定日":"2011-03-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"北小松の樹下神社境内に所在する二基の宝塔のうちの南塔。基礎は四面とも素面で、屋根は軒裏に二段の低い垂木を配する。基礎の高さと幅の比率が1：2である事、相輪の九輪の溝が深いところから、古い様相を示し、鎌倉時代後期の作と考えられる。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?626","備考":""},{"_id":40,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":40,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"近江国比良庄絵図","名称_カナ":"おうみのくにひらしょうえず","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市北比良","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"鋪","法人番号":"","所有者等":"北比良財産保存会","文化財指定日":"2023-06-27 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"滋賀県大津市と高島市に所在した中世庄園・比良庄とその周辺を描いた絵図。鎌倉時代後期に作成された原図をもとに、室町時代に写したものである。画面の下部は、平地部の庄園と河川、上部は、比良庄、安曇川、比良山系を描き、南部に葛川明王院が描かれる。比良庄の庄域は墨線で表され、庄園の内部には寺社の堂舎や鳥居、樹木などが詳細に描かれる。また、鎌倉時代後期と南北朝期の裏書が存在し、本絵図が周辺庄園との境相論に際して作成されたことがわかる。本絵図は、豊富な注記に加え、裏書により作成された背景も判明するため、中世社会経済史研究上、極めて貴重である。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/00012007","備考":""},{"_id":41,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":41,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造天王立像","名称_カナ":"もくぞうてんのうりゅうぞう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市北比良","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"天満神社","文化財指定日":"2013-06-19 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"総高約１７０㎝を測る等身の天部形立像であるが、尊名は確定できない。表面にノミ痕を残す「鉈彫」（なたぼり）と呼ばれる像で、右腕が腹前を横切り左手を振り上げる、特徴的な姿勢をとる。一木造の構造や誇張された表情と重量感のある全体の姿から、１０世紀半ばから後半にかけての制作と考えられ、保存状態も良好である。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/00011564","備考":""},{"_id":42,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":42,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"金銅装神輿","名称_カナ":"こんどうそうしんよ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市木戸","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"基","法人番号":"","所有者等":"木戸共有者会","文化財指定日":"2007-02-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"木戸の樹下神社の春祭に集まる五基の神輿の内の一基。安政五年（1858）に、坂本の日吉大社二宮神輿が木戸村に譲渡されたもの。江戸時代前期に遡る日吉大社二宮神輿を前身とする点で、重要文化財の日吉大社神輿七基に準ずる価値を持つ。附指定となっている譲渡文書からは、樹下神社に渡った経緯や改修の状況まで知る事ができる。現在は収蔵庫に保管され、新しい神輿が巡幸している。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?599","備考":""},{"_id":43,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":43,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木工芸","名称_カナ":"もっこうげい","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"国指定重要無形文化財","種類":"工芸","場所名称":"","住所":"大津市大物","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"宮本貞治","文化財指定日":"2023-10-18 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"木工芸は、木材を用いて造形する多様な技法の総称である。宮本氏はそのうち、刳物の技法による作品で受賞を重ねている。また、指物と刳物の技法を併用した幅広い作品においても高い評価を得ており、箱等の器にとどまらず、机や棚等といった家具を製作する技術を高度に体得していることは、同人の技術において特筆すべき点である。平成１６年に滋賀県指定無形文化財「木工芸」の保持者に認定され、同２５年には紫綬褒章を受章した。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/303/89","備考":""},{"_id":44,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":44,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"懸仏","名称_カナ":"かけぼとけ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市栗原","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":9,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"水分神社","文化財指定日":"2007-02-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"栗原の水分神社の所蔵になる、鎌倉時代から室町時代にかけて制作された９点の懸仏。内、８点が馬頭観音像を表し、最古の馬頭観音坐像は鋳造技術も優れ、彫像表現も的確である。破損の著しい４点は木製で、内２点は像のみが残されている。唯一の如来坐像は裏面に墨書があり、室町時代の延徳二年（1490）と読める。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?597","備考":""},{"_id":45,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":45,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"栗原の八朔踊りと水分神社の祭り行事","名称_カナ":"くりはらのはっさくおどりとみくまりじんじゃのまつりぎょうじ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県選択無形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"大津市栗原","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"栗原区","文化財指定日":"2000-03-10 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"栗原は、氏神である水分神社とその末社の祭りが年間16回行われている。祭りは村の長老組織である十人衆と1年ごとに村人が交代でつとめる神主とが必ず参加して執り行われる。神主が檜扇をあおぐ日迎祭、田植え歌が残る御田植祭、放生会の相撲がある豊穣祭など古い村の信仰生活を伝えているが、とりわけ九月の八朔祭は、青年会の若い衆が中心となり、奴行列や尉と姥、囃子物など種々の芸能が混在して残されている。とくに八朔踊りでは、湖西で唯一の典型的な風流踊り歌が伝承されていて貴重である。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?593","備考":""},{"_id":46,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":46,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"栗原の太鼓念仏","名称_カナ":"くりはらのたいこねんぶつ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県選択無形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"大津市栗原","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"大念仏講","文化財指定日":"1998-06-19 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"この念仏は、毎年8月14日のお盆と24日の地蔵盆に各家へ戻ってくる精霊への供養に奉納される。講員の野辺の送りや三七日（みなぬか）の逮夜にも唱えられ、地元では、太鼓念仏と呼んでいるが、伝承曲や六斎太鼓を使用していることから、念仏を主体とした六斎念仏である。講が保持する鉦の中に、元禄8年（1695）の銘で「大念仏中（仲）間の鐘」とあり、古くは大念仏と称していたことがわかる。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?594","備考":""},{"_id":47,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":47,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"天皇神社本殿","名称_カナ":"てんのうじんじゃほんでん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市和邇中146","方書":"","緯度":135.915980200000007016569725237786769866943359375,"経度":35.15588206999999698609826737083494663238525390625,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"棟","法人番号":"","所有者等":"天皇神社","文化財指定日":"1907-08-28 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"正中元年(1332)建立。素戔鳴尊（すさのおのみこと）を祭神とする。檜皮葺の屋根を持つ鎌倉時代の建築物で、切妻造平入の本殿である。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1429","備考":""},{"_id":48,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":48,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"石造宝塔（北塔）","名称_カナ":"せきぞうほうとう（ほくとう）","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市和邇中146","方書":"","緯度":135.915980200000007016569725237786769866943359375,"経度":35.15588206999999698609826737083494663238525390625,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"基","法人番号":"","所有者等":"天皇神社","文化財指定日":"2011-03-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"和邇中の天皇神社の境内に所在する二基ある宝塔のうちの北塔。基礎正面は輪郭内に格狭間と宝瓶三茎蓮を配するが、左右は輪郭と格狭間、背面は素面である。塔身正面に開花蓮台上に線刻の月輪を配し、内部に梵字アを薬研彫りする。基礎の高さと幅の比率は１：2.05で古い様式を示し、鎌倉時代後期の作と考えられる。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?627","備考":""},{"_id":49,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":49,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"石造宝塔（南塔）","名称_カナ":"せきぞうほうとう（なんとう）","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市和邇中146","方書":"","緯度":135.915980200000007016569725237786769866943359375,"経度":35.15588206999999698609826737083494663238525390625,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"基","法人番号":"","所有者等":"天皇神社","文化財指定日":"2011-03-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"和邇中の天皇神社の境内に所在する二基の宝塔のうちの南塔。基礎は四面とも素面で、基礎の一部を埋設部分とすれば、高さと幅の比率は1：2.2程度になる。塔身は上下にすぼまり、正面に鳥居形を刻む。塔身の頸部が別石であるところから、他の事例から鎌倉時代後期の作と考えられる。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?628","備考":""},{"_id":50,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":50,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造阿弥陀如来立像","名称_カナ":"もくぞうあみだにょらいりゅうぞう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市和邇中","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"西岸寺","文化財指定日":"1901-03-27 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"浄土宗鎮西派の西岸寺に安置されている木造阿弥陀如来立像。鎌倉時代の作で、仏師快慶の作風に近いとされている。一般公開はされていない。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/3189","備考":""},{"_id":51,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":51,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"青磁","名称_カナ":"せいじ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定無形文化財","種類":"工芸","場所名称":"","住所":"大津市和邇北浜","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"神農巌","文化財指定日":"2013-03-19 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"青磁は、中国で生まれ発達した、釉薬を用いた伝統的陶芸技法である。還元焔で焼成することで、素地と釉薬に含まれる微量の鉄分が独特の青磁色を生み出す。神農氏は、大学在学中から作陶を初め、京都清水焼窯元で修業を重ねた後、昭和62年に大津市に窯を作り独立した。磁器土を盛り上げて造形する堆磁技法によって、多くの受賞歴を持つ。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?673","備考":""},{"_id":52,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":52,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"和邇今宿自治会中世文書","名称_カナ":"わにいまじゅくじちかいちゅうせいもんじょ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市和邇今宿","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":2,"員数（単位）":"通","法人番号":"","所有者等":"和邇今宿自治会","文化財指定日":"2009-02-16 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"永仁五年（１２９７）七月二十一日付けの「和邇庄・龍花庄堺実検注進状案」と、弘治二年（１５５６）八月十日付けの「和邇庄安養坊等連署置文」の二点。前者は、和邇荘と龍花荘が境を争った時に作成されたものの写し。何度かの書写を経たため書式・文言に混乱が見られるが、相論の実態を伝えている。後者は、近江守護六角定頼による裁定と、その後の経過を記したもので、九人の荘民が連署する。この二点は、惣荘に伝来した文書として江戸時代には正確な写が作られており、大切に伝えられてきたことが伺える。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?618","備考":""},{"_id":53,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":53,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"小野神社境内社篁神社本殿","名称_カナ":"おのじんじゃけいだいしゃたかむらじんじゃほんでん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市小野1961","方書":"","緯度":135.92044379999998682251316495239734649658203125,"経度":35.1534856600000011894735507667064666748046875,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"棟","法人番号":"","所有者等":"小野神社","文化財指定日":"1907-08-28 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"漢詩文で名を挙げ、「令義解」の撰集に参画した小野篁を祀っている。小野神社境内にあり、小野道風神社と同様、数少ない切妻造平入の本殿である。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1430","備考":""},{"_id":54,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":54,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"小野神社飛地境内社道風神社本殿","名称_カナ":"おのじんじゃとびちけいだいしゃとうふうじんじゃほんでん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市小野1213","方書":"","緯度":135.921353600000003325476427562534809112548828125,"経度":35.15003492000000306916263070888817310333251953125,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"棟","法人番号":"","所有者等":"小野神社","文化財指定日":"1907-08-28 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"小野神社南側の竹林に囲まれた石段を登ったところにある。平安時代の書家小野道風を祀る神社で、数少ない切妻造平入の本殿である。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1431","備考":""},{"_id":55,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":55,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"石造宝塔","名称_カナ":"せきぞうほうとう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市小野1961","方書":"","緯度":135.92044379999998682251316495239734649658203125,"経度":35.1534856600000011894735507667064666748046875,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"基","法人番号":"","所有者等":"小野神社","文化財指定日":"2011-03-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"小野の小野神社境内に所在する宝塔。基礎は正面と左右が格狭間で、蓮華等を配す。背後は素面で、康永四年(1345)三月の銘があるところから、作成年代が知られる。屋根の下は二軒風に作り、隅木も二段に表現される。相輪は宝珠と伏鉢が失われている。地元では小野小町供養塔と伝える。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?629","備考":""},{"_id":56,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":56,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"地主神社本殿","名称_カナ":"じしゅじんじゃほんでん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町116","方書":"","緯度":135.869296999999988884155754931271076202392578125,"経度":35.2469096399999983759698807261884212493896484375,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"棟","法人番号":"","所有者等":"地主神社","文化財指定日":"1903-04-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"地主神社は葛川の鎮守で、思古淵大明神を祀る。社殿は安曇川沿いの旧街道が東へ折れた突き当たり正面の一段高い所に、西面して拝殿・幣殿・本殿の三棟が一列に並んでいる。本殿は、棟札の写しから文亀２年（1502）の建築になる。県内で唯一の春日造の本殿で、正面と両側面には見事な蟇股の彫刻がほどこされている。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1371","備考":""},{"_id":57,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":57,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"地主神社幣殿","名称_カナ":"じしゅじんじゃへいでん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町116","方書":"","緯度":135.869296999999988884155754931271076202392578125,"経度":35.2469096399999983759698807261884212493896484375,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"棟","法人番号":"","所有者等":"地主神社","文化財指定日":"1903-04-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"地主神社本殿の向拝下に入り込む形でその前に建つのが、桁行一間・梁間一間の幤殿である。建築年代を示す直接の資料はないが、本殿と同じ頃の建築と考えられ、中世でも数少ない幣殿建築である。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1372","備考":""},{"_id":58,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":58,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造国常立尊坐像","名称_カナ":"もくぞうくにとこたちのみことざぞう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"地主神社","文化財指定日":"1904-02-18 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"葛川明王院の鎮守地主神社の本殿内にまつられる。像高一尺半で、一木から大半を丸彫する単純な構造はいかにも神像らしい。作風から平安時代後期の作と考えられ、葛川谷の地主神思子渕明神する説がある。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/3187","備考":""},{"_id":59,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":59,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造男神坐像\n木造女神坐像\n木造僧形坐像","名称_カナ":"もくぞうだんしんざぞう\nもくぞうじょしんざぞう\nもくぞうそうぎょうざぞう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":7,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"地主神社","文化財指定日":"1904-02-18 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"葛川明王院の鎮守地主神社の本殿内にまつられる計八躯の神像群の内、国常立尊坐像を除く七躯。僧形坐像のみ像高一尺半と大きく、他は一尺程度のもの。いずれも一木から大半を丸彫する単純な構造はいかにも神像らしい。作風から平安後期の作と考えられる。僧形坐像は主神である山王大宮、他の六躯は当社に勧請された賀茂・平野・松尾・三輪・鹿島・江文（女神）の諸神にあたるのではないかとする説がある。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/3188","備考":""},{"_id":60,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":60,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"金銅八角形釣燈籠","名称_カナ":"こんどうはっかくがたつりどうろう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"基","法人番号":"","所有者等":"地主神社","文化財指定日":"1965-08-09 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"釣燈籠は、燈籠の登頂に釣鐶をつけ、社寺の軒先に釣り下げるようにしたもの。この燈籠は八角形の釣燈籠としては大形で、元は全面に鍍金をほどこしていたが、今はそのあとをとどめるにすぎない。反りの深い八弁花形の笠に、猪目と蓮弁の透かしで煙出しをつくり、火袋の上の欄間に唐草文、下の腰板には雲文と宝珠文を飾った格狭間を入れる。底裏に、「葛川明王院御前灯呂」「大永六年（1526）九月日作者安治」の陰刻銘があり、制作年と制作者がわかる。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?280","備考":""},{"_id":61,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":61,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"明王院　本堂、護摩堂、庵室、政所表門","名称_カナ":"みょうおういん ほんどう、ごまどう、あんしつ、まんどころおもてもん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町155","方書":"","緯度":135.8684974999999894862412475049495697021484375,"経度":35.2479927600000024767723516561090946197509765625,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":4,"員数（単位）":"棟","法人番号":"","所有者等":"明王院","文化財指定日":"1993-12-09 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"明王院は、貞観年間（859〜77）相応和尚によって、天台修験の道場として創建された。明王谷川を渡った旧街道に面して、西に政所表門、東に斜面を二段に切り開いて、上段に本堂、下段に護摩堂・庵室を配置している。この三棟はいずれも棟札があり、本堂が正徳5年（1715）、護摩堂が宝暦5年（1755）、庵室が天保5年（1834）の建築になる。政所表門は、直接の資料はないが境内で最も古い建物で、17世紀初期と考えられている。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1382","備考":""},{"_id":62,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":62,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"紙本著色光明真言功徳絵詞","名称_カナ":"しほんちゃくしょくこうみょうしんごんくどくえことば","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":3,"員数（単位）":"巻","法人番号":"","所有者等":"明王院","文化財指定日":"1920-04-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"大日如来の真言である光明真言を唱えれば一切の罪業が除かれるという説に基づいて、様々な利益の場面を絵と詞で綴った絵巻物。上巻が詞九段・絵九段、中巻が詞六段・絵六段、下巻が詞五段・絵五段の三巻からなり、鎌倉時代以来の伝統的な大和絵の技法によって描かれている。奥書によれば、応永5年（1398）2月京都東山吉祥園院の什物であったことがわかり、各巻には「高山寺」の印がある。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/1262","備考":""},{"_id":63,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":63,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"絹本著色不動明王二童子像","名称_カナ":"けんぽんちゃくしょくふどうみょうおうにどうじぞう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"幅","法人番号":"","所有者等":"明王院","文化財指定日":"1998-06-30 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"火焔光背を背負って瑟々座に趺坐する不動明王を中央に、向かって左に棍棒を支えに頬杖をついて立つ制吒迦童子、右に合掌して立つ矜羯羅童子を配す。不動明王は、顔を右に向け、髪を巻毛とし、右目を開き左目を細め、口は固く結び右牙を上、左牙を下にむきだす怒りの形相である。大画面にのびやかに、彩色あざやかに描かれている。瑟々座に坐し、二童子を配した不動明王像としては、最古のものとされる。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/10242","備考":""},{"_id":64,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":64,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造千手観音立像・木造不動明王立像・木造毘沙門天立像(本堂安置)","名称_カナ":"もくぞうせんじゅかんのんりゅうぞう・もくぞうふどうみょうおうりゅうぞう・もくぞうびしゃもんてんりゅうぞう（ほんどうあんち）","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":3,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"明王院","文化財指定日":"1904-02-18 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"葛川明王院の本尊。中尊千手観音像は漆箔仕上げ、不動・毘沙門は彩色に截金をほどこす像で、作風にも若干の相違が認められるが、制作期はいずれも12世紀と考えられる。明王院は平安時代前期の僧相応によって開かれたが、当初の本尊は不動明王であったはずで、本三尊像がいついかなる理由で本尊とされるにいたったかは不明というほかない。ただし不動・毘沙門を脇侍とする三尊構成は天台宗にはしばしば見られる。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/4975","備考":""},{"_id":65,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":65,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"梵鐘","名称_カナ":"ぼんしょう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"口","法人番号":"","所有者等":"明王院","文化財指定日":"1959-02-10 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"明王院本堂に釣られる小型の梵鐘である。均衡のとれた姿を見せ、上下帯とも無文である。乳は一区内四段四列。八葉蓮華文を鋳出した撞座が四方に設けられ、撞座の位置が低いところに特徴がみられる。池の間四区にはそれぞれ銘文が刻まれており、貞治2年（1363）橘末安によって鋳造され、明王院に奉納されたことが知られる。また、口縁部には、文化2年（1805）の修理銘も刻まれている。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?281","備考":""},{"_id":66,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":66,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"葛川明王院御正体","名称_カナ":"かつらがわみょうおういんみしょうたい","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":6,"員数（単位）":"面","法人番号":"","所有者等":"明王院","文化財指定日":"2013-06-19 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"明王院本堂に安置される、６面の御正体。内、５面は不動明王を本尊とし、裏面の墨書や表の刻銘から、明徳３年（1392）から応永１３年（1406）のものである。残りの１面は文安３年（1446）の宝塔御正体で、最大径をはかる。時代を経過するにつれて装飾性・荘厳性が増す一方で、鏡胎が大型化・過飾化していく様子が伺える。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/00011574","備考":""},{"_id":67,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":67,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"銅鉢","名称_カナ":"どうばち","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"口","法人番号":"","所有者等":"明王院","文化財指定日":"2006-03-17 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"鉢（仏鉢）は僧侶が必携すべき仏具で、当初は托鉢に用いられたり食器として使用されていたが、その後仏前に供物を盛るための供養具としても活用されるようになった。本品は、鋳型に銅を流し込む鋳銅仕上げで、鉢部と台脚部からなる。台脚部に建武２年（1335）以下の銘があり、同年覚実が願主となって作成されたことがわかる。紀年銘がある西日本の基準作として貴重である。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?603","備考":""},{"_id":68,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":68,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"香盤","名称_カナ":"こうばん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"基","法人番号":"","所有者等":"明王院","文化財指定日":"2005-03-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"線状に蛇行させた香を長時間にわたって焚きつめるための、木製・黒漆塗りで仕上げた大型の香盤。引出し付きの方形の基台を下にしてその上に束を造り、その上に箱状の香炉をのせる。香炉は身と蓋状の覆いからなっていたと推定されるが、現在は身を亡失している。覆い蓋の側面に長文の刻銘があり、永正１０年（1513）９月の作成になることがわかる。また、基台引出し底面にも墨書があり、宝暦３年（1753）には破損して蓋と台のみとなって使用されていなかったものの不足分を再造したとしている。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?555","備考":""},{"_id":69,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":69,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"葛川明王院文書","名称_カナ":"かつらがわみょうおういんもんじょ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":4336,"員数（単位）":"通","法人番号":"","所有者等":"明王院","文化財指定日":"1991-06-21 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"天台修験の道場、葛川明王院に伝わった、永久5年（1117）から江戸時代後期に至る文書群で、中世文書980通余を含む。大きく、綸旨・令旨・住人等申状・幕府御教書などの支配・訴訟に関する文書、年貢算用状・請取状など寺の経済状態を示す文書、法会や行者参籠の次第などに分けられる。葛川の中世から近世への歴史的変遷を伝えており、なかでも鎌倉時代中期から南北朝時代にかけての隣郷伊香立庄との境相論に関する史料は著名である。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/9120","備考":""},{"_id":70,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":70,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"葛川与伊香立庄相論絵図","名称_カナ":"かつらがわといかだちしょうそうろんえず","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"明王院","文化財指定日":"1991-06-21 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"鎌倉時代後期、隣郷伊香立庄との境相論の中で作成された絵図。簡略絵図は文保元年（1317）の作成で、花折谷付近から明王院境内に至る谷々を墨線で描いたもの。彩色絵図は、その翌年伊香立庄の主張する杉尾山の権利に対し、葛川がこの地が葛川の領域内であることを主張したもの。大川（安曇川）と大道（若狭街道）を中心に、明王院の建物や周囲の景観を色鮮やかに描き、朱書による注記も加えられている。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/9121","備考":""},{"_id":71,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":71,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"葛川明王院参籠札","名称_カナ":"かつらがわみょうおういんさんろうふだ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":501,"員数（単位）":"枚","法人番号":"","所有者等":"明王院","文化財指定日":"1991-06-21 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"天台修験の道場である葛川明王院に行者が参籠した時には、それを示す木製の参籠札を納めている。参籠札には「大聖明王」の本尊名を墨書し、その下に日付・名前・参籠日を書く。指定となっているものは、鎌倉6枚・南北朝4枚・室町54枚・桃山4枚・江戸433枚の合計501枚で、形も五輪塔型・板碑型・祈祷札型などに分けられる。室町時代には将軍の参籠も多く、足利義満・足利義尚・日野富子の納めた札もある。これほど多くの参籠札を残している例は、他に見られない。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/10204","備考":""},{"_id":72,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":72,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"参籠札","名称_カナ":"さんろうふだ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"大津市葛川坊村町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":58,"員数（単位）":"本","法人番号":"","所有者等":"明王院","文化財指定日":"1965-08-09 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"天台修験の道場である葛川明王院に行者が参籠した時には、それを示す木製の参籠札を納めている。参籠札には「大聖明王」の本尊名を墨書し、その下に日付・名前・参籠日を書く。指定となっているものは、鎌倉六枚・南北朝四枚・室町五四枚・桃山四枚・江戸四三三枚の合計五〇一枚で、形も五輪塔型・板碑型・祈祷札型などに分けられる。室町時代には将軍の参籠も多く、足利義満・足利義尚・日野富子の納めた札もある。これほど多くの参籠札を残している例は、他に見られない。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?402","備考":""},{"_id":73,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":73,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造仏像(寺伝聖観音立像)","名称_カナ":"もくぞうぶつぞう（じでんしょうかんのんりゅうぞう）","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市伊香立北在地町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"慈眼庵","文化財指定日":"1904-02-18 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"伊香立北在地町の通称「高観音」の本尊で、地元では観音として信仰されるが、甲冑を身につけ、左手に独鈷杵をもつ姿は、明らかに帝釈天像のものである。江戸時代に比叡山横川東麓の飯室谷から移されたといわれ、天台系の遺品と考えられる。幹部を一材から造って内刳は行なわない。作風から11世紀初頭の作かと思われる。宝髻の前にあらわす三山形の大きな宝冠は独特のもので、西教寺聖観音立像をはじめ、やはり天台系と思われる作品に類例をみる。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/3186","備考":""},{"_id":74,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":74,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"絹本著色阿弥陀二十五菩薩来迎図","名称_カナ":"けんぽんちゃくしょくあみだにじゅうごぼさつらいごうず","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市伊香立下在地町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"幅","法人番号":"","所有者等":"新知恩院","文化財指定日":"1897-12-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"阿弥陀如来を中心に、二十五菩薩が往生者を極楽浄土へと迎える姿を描く。阿弥陀如来をはじめとする諸菩薩は立像の形であらわされ、地蔵・龍樹二菩薩を除きすべて金色で描く。来迎の早さは見られないものの、楽器を奏でる諸菩薩がいずれも動きのある姿でいきいきと描かれているのが、本図の最大の特徴である。右下の館には往生者が描かれているが、武士の姿をとるのも珍しい。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/1261","備考":""},{"_id":75,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":75,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"絹本著色六道絵","名称_カナ":"けんぽんちゃくしょくろくどうえ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市伊香立下在地町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":6,"員数（単位）":"幅","法人番号":"","所有者等":"新知恩院","文化財指定日":"1899-4-5","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"「六道絵」といえば、聖衆来迎寺の「六道絵」に代表されるように、源信の『往生要集』の所説に基づく六道輪廻の様を思い浮かべるが、本図は「天道」「人道」「阿修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」の六道の様を、一幅ずつに表現したものである。作風には、中国・南宋の陸氏一派の影響が見られ、中国から知恩院に伝来した後、応仁の乱に際して知恩院が京都から伊香立に避難したときにもたらされたと考えられる。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/2307","備考":""},{"_id":76,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":76,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"絹本著色十六羅漢図","名称_カナ":"けんぽんちゃくしょくじゅうろくらかんず","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市伊香立下在地町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":16,"員数（単位）":"幅","法人番号":"","所有者等":"新知恩院","文化財指定日":"1899-4-5","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"応仁の乱を避けて京都の知恩院から運ばれてきた什物の一つと考えられる。本図は、一羅漢を一幅に描きだしたもので、十六幅からなる。我が国の羅漢図は、唐代仏画を基本にした大和絵十六羅漢図と呼ばれるものと、宋画の影響をうけた水墨画的表現をみせるものとの二つの系統があるが、本図は後者に属す。肥痩のある墨線を巧みに用いており、描写も明確である。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?89","備考":""},{"_id":77,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":77,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造釈迦涅槃像","名称_カナ":"もくぞうしゃかねはんぞう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市伊香立下在地町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"新知恩院","文化財指定日":"1897-12-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"釈迦涅槃の姿を立体化したもので、彫像として表される古例はきわめて少ない。胸に水晶を嵌入するという特異な仕様となっており、頬の肉取りなどに見られる質感、衣文表現の明快さやいわゆる松葉状衣文の多用、精緻な地文を布置する文様表現など、鎌倉時代に至っての作とみられる。保存状態については、螺髪の一部や左裳裾端を失い、白毫や右手首以下を亡失する。枕の蓮台、寝台や宝牀、桐箱や包布などは後世のものである。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?695","備考":""},{"_id":78,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":78,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"八所神社文書","名称_カナ":"はっしょじんじゃもんじょ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市伊香立下在地町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":13,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"八所神社","文化財指定日":"1897-12-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"伊香立庄の総鎮守として信仰を集めている八所神社に伝わった文書の内、鎌倉時代末期から江戸時代前期にかけての隣郷葛川との境相論に関する文書群である。この13通は、延宝6年（1678）葛川との対立の中で伊香立側の証拠文書として、元応2年（1032）を最古に整理されたものである。葛川と伊香立の相論について従来知られていなかった内容を含み、しかも地域の人々によって現在まで大切に保存されてきたものである。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?320","備考":""},{"_id":79,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":79,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"絹本著色阿弥陀三尊来迎図","名称_カナ":"けんぽんちゃくしょくあみださんぞんらいごうず","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市伊香立南庄町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"幅","法人番号":"","所有者等":"光明寺","文化財指定日":"1897-12-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"画面向って左上方から右下方へ向って虚空を飛来する阿弥陀如来と、脇侍の観音菩薩・勢至菩薩が描かれた、阿弥陀三尊来迎図。仏菩薩の面相表現や、截金文様の種類の多さや多様さ、細密さなどを考慮すると、鎌倉時代後期の作と推定される。往生者が観音菩薩の捧げ持つ蓮台に乗るという、現存唯一の図様が描かれており、阿弥陀来迎図の歴史的展開を考察する上で、重要な作品である。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?688","備考":""},{"_id":80,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":80,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"文化元年南庄村出土龍骨関係資料","名称_カナ":"ぶんかがんねんみなみしょうむらしゅつどりゅうこつかんけいしりょう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市伊香立南庄町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":31,"員数（単位）":"点","法人番号":"","所有者等":"個人","文化財指定日":"1897-12-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"文化元年（1804）、伊香立南庄村で丘を開墾していた市郎兵衛という百姓が発見した化石（「龍骨」）に関わる資料群。発見された化石は膳所藩主本多康完に献上され、その後、識者によって「龍骨」と判定された。発見者の市郎兵衛は膳所藩より「龍」の姓を与えられ、発見場所には「伏龍祠」が建てられた。「龍骨図」など絵画3点、「膳所藩達書」など文書28点から構成され、当時の人びとが未知の出土物に対してどのような対応をとったかをうかがうことができる、きわめて貴重な資料群である。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?719","備考":""},{"_id":81,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":81,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"神田神社本殿","名称_カナ":"かんだじんじゃほんでん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市真野普門3-8-1","方書":"","緯度":135.9066047000000025946064852178096771240234375,"経度":35.13639328000000006113623385317623615264892578125,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"棟","法人番号":"","所有者等":"神田神社","文化財指定日":"1897-12-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"堅田から葛川へ向かう国道の北の、こんもりとした森の中に所在する。本殿は宮池を前にして東南面を向いて建つ。祭神は、彦国葺命。正面庇の下に建具を備えて前室とする、滋賀県内でよく見られる三間社流造の構造。屋根の曲線が美しく、棟木に取り付けられた懸魚が目を引く。建築年代は、棟札の写しから明徳元年（1309）と考えられる。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1374","備考":""},{"_id":82,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":82,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造狛犬","名称_カナ":"もくぞうこまいぬ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市真野普門3丁目","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"対","法人番号":"","所有者等":"神田神社","文化財指定日":"1898-12-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"明徳元年（1390）の建立とされる重要文化財の本殿に伝えられた一対の狛犬。いずれも、目を見開いて前方を凝視し、歯列や牙を表し、たてがみを体に沿って垂らし、喉元には鈴を表す。阿形像は両耳を折って開口し、吽形は頭上に一角を表す。構造は、いずれもケヤキ材製の一木造で、内刳はない。表面には後補の彩色を掻き落した際のけば立ちが認められ、別材は全て後補と思われるが、幹部は造像当初の姿を伺わせ、阿形の舌などには当初の彩色も残る。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?551","備考":""},{"_id":83,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":83,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"梵鐘","名称_カナ":"ぼんしょう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市真野5丁目","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"口","法人番号":"","所有者等":"正源寺","文化財指定日":"1899-4-5","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"鐘身は、肩からやや張りのある曲線が裾広がりになり、下縁寄りの中帯から垂直に下がっている。上下帯とも無文で、袈裟襷文を鋳出す。乳の間四区にはそれぞれ四段四列の乳を配す。撞座は、八葉蓮華文を鋳出している。池の間の刻銘から、作者は矢田部宗次で、正応3年（1209）真野庄住人が願主となって神田神社へ奉納したことが知られる。また、天文2年（1533）の追刻や寺伝から野洲郡の兵主大社、同郡の西得寺と移動が知られ、明治34年（1901）正源寺に戻されたという。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?283","備考":""},{"_id":84,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":84,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"真野の六斎念仏","名称_カナ":"まののろくさいねんぶつ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県選択無形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"大津市真野","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"中村会、沢六斎念仏保存会","文化財指定日":"1897-12-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"県指定無形民俗文化財(選択)。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?692","備考":""},{"_id":85,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":85,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造阿弥陀如来立像","名称_カナ":"もくぞうあみだにょらいりゅうぞう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市真野谷口町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"西勝寺","文化財指定日":"1897-12-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"当寺本尊。来迎印を結ぶ三尺立像で、平安時代後期の作風を基調にしながら、玉眼の嵌入や衣のひだの流麗な彫法には鎌倉時代の気分が感じられる。像内から建仁3年（1203）の年記をともなう納入品（木札および巻子）が発見され、制作期が確定された。造像願主は三善為清という下級官人であることも判明したが、作者については知ることができない。ただし京都を中心に活躍した当代一流の仏師の手になることはまちがいない。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/00010624","備考":""},{"_id":86,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":86,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"絹本著色矢嶋加兵衛尉像","名称_カナ":"けんぽんちゃくしょくやじまかへいのじょうぞう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市真野谷口町","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"幅","法人番号":"","所有者等":"西勝寺","文化財指定日":"1897-12-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"黒色の着物を着て、薄緑色の裃と袴をつけ、右手は扇頭を握って手先を支え、左手は膝上におき、脇差を腰にして畳座の上に端座する肖像画である。画面上部には、中央・向かって左に色紙形が、右には色紙形をほどこさずにそれぞれ墨書がなされている。左方には「慶長十七年（1612）二月十一日、梅芶院殿心岳春叟居士肖像」と記されており、同寺所蔵の過去帳の「梅芶院殿心岳春叟居士、慶長十七年二月、矢嶋加兵衛尉」から、矢嶋加兵衛尉の像であることが知られる。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?90","備考":""},{"_id":87,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":87,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"春日山古墳群","名称_カナ":"かすがやまこふんぐん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"国指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"大津市真野谷口町","方書":"","緯度":135.904398399999990942887961864471435546875,"経度":35.12352161999999822228346602059900760650634765625,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"","文化財指定日":"1897-12-28","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"ＪＲ湖西線堅田駅西方の小高い丘陵地に、6世紀から7世紀前半をピークに営まれた湖西南部屈指の群集墳。総数200基強が分布し、その状況と地形などから大きく六支群に分けられる。東端に立地する10数基ほどで構成される一支群（Ｅ支群）が国の史跡に指定され、5世紀の築造で地域首長墓である全長65mの前方後円墳（春日山古墳）や、次世代の首長墓である直径25mの円墳を含んでいる。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/1602","備考":""},{"_id":88,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":88,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造聖観音坐像","名称_カナ":"もくぞうしょうかんのんざぞう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市本堅田１丁目","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"満月寺","文化財指定日":"1901-03-27 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"満月寺の本尊として安置される。両手首先を除き、大半を一材から彫成する像で、堅固な構造も幸いしてか、保存状態はきわめて良好である。しもぶくれの独特の風貌を示す個性豊かな尊像で、当初の彩色も一部に残る。左手に未開の蓮華の茎をとり、右手は掌を前に向けて立てる。この印相は天台系とされる金剛界八十一尊曼荼羅に描かれる金剛法菩薩のそれに一致し、さらに常行三昧堂に安置される阿弥陀五尊中の同菩薩にも一致しており、本像の系譜を暗示する。10世紀後半の作か。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/3182","備考":""},{"_id":89,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":89,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"堅田本福寺中世記録","名称_カナ":"かたたほんぷくじちゅうせいきろく","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市本堅田１丁目","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"本福寺","文化財指定日":"1976-03-15 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"本福寺は浄土真宗本願寺派の寺院で、真宗中興の祖蓮如に第三代住持法住が帰依したところから、蓮如による布教活動の拠点となった。第四代明宗と第五代明誓の手になるこれらの記録は、室町時代後期の堅田や近江における真宗教団の動きは勿論の事、堅田による湖上交通の掌握や、遠く因幡や伯耆などの門徒の商業活動、村落をめぐる政治・経済・文化・宗教・庶民生活をうかがう上での根本史料として、全国的にも著名である。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?322","備考":""},{"_id":90,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":90,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"居初家天然図画亭","名称_カナ":"いそめけてんねんずえてい","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"県指定有形文化財","種類":"建造物","場所名称":"","住所":"大津市本堅田2-12-5","方書":"","緯度":135.92238409999998793864506296813488006591796875,"経度":35.1138022399999982781082508154213428497314453125,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"棟","法人番号":"","所有者等":"個人","文化財指定日":"1993-03-31 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"居初家は中世の堅田諸侍の系譜に連なり、近世には船道郷士・大庄屋として村政の中枢に位置していた。国指定名勝居初氏庭園の中に所在する天然図画亭は、茶室と離座敷の性格を持つ建物で、建築年代を示す資料はないが、天和元年（1681）には庭とともに完成していたと考えられる。藤村庸軒と北村幽安との合作になり、町家に数奇屋造を採り入れた初期の遺構として貴重なものである。建物の東面と北面には、琵琶湖と対岸の山並みを借景とした庭が広がっている。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?6","備考":""},{"_id":91,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":91,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"居初氏庭園","名称_カナ":"いそめしていえん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"国指定名勝","種類":"","場所名称":"","住所":"大津市本堅田2-12-5","方書":"","緯度":135.92238409999998793864506296813488006591796875,"経度":35.1138022399999982781082508154213428497314453125,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"個人","文化財指定日":"1981-06-11 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"中世以来湖上交通を支配した堅田の船道郷士の一人で、江戸時代には庄屋をつとめた居初氏の庭園。天和元年（1681）頃には出来上っていた。天然図画亭と名付けられた茶室と、その北と東に広がる庭園からなる。茶室の北部から東部にかけて延段を主軸に構成された庭が展開し、東部の庭は琵琶湖と対岸の三上山を借景とする。茶室は町屋に数寄屋造が普及する初期の作で、庭園は座敷と湖面を直結しながら、書院庭と露地を融合した優れた構成となっている。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/1606","備考":""},{"_id":92,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":92,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"出島の灯台","名称_カナ":"でけじまのとうだい","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"大津市今堅田町274-1","方書":"","緯度":135.925143399999996063343132846057415008544921875,"経度":35.11966487000000114448994281701743602752685546875,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"基","法人番号":"","所有者等":"今堅田自治会","文化財指定日":"1991-02-01 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"琵琶湖の最狭部に位置する今堅田の岬の先端に、明治8年（1875）に建てられた。高床形式で、四隅の柱と中心の支柱の計五本の柱で支え、支柱の頂部に火袋を取り付ける。光源は大正7年（1918）まではランプを使用し、それ以後は電灯に切り換えた。昭和36年（1961）第二室戸台風で倒壊寸前となったが、地元の熱心な保存運動により、昭和48年今日見る姿に復旧された。琵琶湖岸で他にこのような形式の灯台の例は無く、全国的に見ても珍しい遺構である。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?403","備考":""},{"_id":93,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":93,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"今堅田船大工仲間文書","名称_カナ":"いまかたたふなだいくなかまもんじょ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市今堅田１丁目","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":2,"員数（単位）":"通","法人番号":"","所有者等":"今堅田船大工仲間","文化財指定日":"1981-01-16 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"秀吉による全国統一の過程で、琵琶湖の船の支配と合わせて船大工の編成が行われたが、この二通の文書はその過程を示している。天正12年（1584）の秀吉朱印状は、大津と堅田の船大工40人に対し、諸役免除の特権を与えて船大工を組織した内容となっている。他の一通の宛先となっている三郎左衛門は、棟梁として船大工を統括していた人物で、徳川家康に朱印状の更新を求めている。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?324","備考":""},{"_id":94,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":94,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"衣川廃寺跡","名称_カナ":"きぬがわはいじあと","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"国指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"大津市衣川2丁目","方書":"","緯度":135.9062490000000025247572921216487884521484375,"経度":35.1120770899999996572660165838897228240966796875,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"大津市","文化財指定日":"1977-03-08 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"衣川集落の背後、堅田丘陵の南東端に造営された近江で最古級の寺院跡。昭和50年（1975）以来数回にわたる発掘調査によって、北に金堂跡・東南に塔跡などの主要伽藍が、その西南部の斜面で瓦窯跡一基が確認された。金堂は東西18m×南北15mの版築基壇の上に東西五間×南北四間の建物が推定され、塔は一辺14m、高さ1.25mの版築基壇が検出されたが、心礎はみられなかった。瓦窯跡は斜面をトンネル浄に彫り抜いた登窯で、この寺院に使用した瓦を焼成したものである。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/1603","備考":""},{"_id":95,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":95,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"西羅一号古墳","名称_カナ":"にしらいちごうこふん","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定史跡","種類":"","場所名称":"","住所":"大津市衣川2丁目","方書":"","緯度":135.9062490000000025247572921216487884521484375,"経度":35.1120770899999996572660165838897228240966796875,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"基","法人番号":"","所有者等":"大津市","文化財指定日":"1977-02-01 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"堅田丘陵の東部、天神川と御呂戸川で区画された入り組んだ丘陵地のやや北側で、平野部が眼前にせまる丘陵先端部に立地。前方部を東に向けた帆立貝形古墳で、主軸はほぼ東西をとる。低丘陵の稜線高所に後円部、その裾部に短小な前方部を構築。古墳の規模は、全長46m、後円部径32m、同高さ3.5m、前方部12mを測る。内部構造は不詳であるが、墳丘には20〜30cm程度の葺石が全面に見られる。築造年代は、5世紀後半頃と推定。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?418","備考":""},{"_id":96,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":96,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造薬師如来坐像(薬師堂安置)","名称_カナ":"もくぞうやくしにょらいざぞう（やくしどうあんち）","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市仰木2丁目","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"専念寺","文化財指定日":"1901-03-27 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"樟かと思われる材を用い、幹部は竪一材製で、背中と像底および後頭部から内刳を行っている。残念ながら脚部の前半部が後補のものに変わって像容を損ねるが、腹部の出も大きく、側面観にはゆったりとした重量感がただよう。幅の狭い眼や奥行の深い面奥の表現も、10世紀彫刻の気分をのこす。制作期は11世紀前半をくだるものではあるまい。専念寺の飛地境内薬師堂に安置される秘仏で、高日山星林院の旧仏という。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/3184","備考":""},{"_id":97,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":97,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造阿弥陀如来坐像","名称_カナ":"もくぞうあみだにょらいざぞう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市仰木4丁目","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"華開寺","文化財指定日":"1984-04-02 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"当寺脇壇に伝来。来迎印の阿弥陀如来坐像で、後補の漆箔および像底の底板のため構造はよくわからない。平安時代後期に通有の定朝様にのっとった像だが、数の多くなった衣文に動きが感じられるところから、鎌倉時代に近づいた平安時代も末の制作かとみられる。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?170","備考":""},{"_id":98,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":98,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造虚空蔵菩薩立像","名称_カナ":"もくぞうこくぞうぼさつりゅうぞう","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定有形文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市仰木4丁目","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"華開寺","文化財指定日":"1984-04-02 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"当寺の飛地境内仏堂に主尊として安置される。寺伝では、もと高日山星林院の本尊という。しかし作風からは12世紀をさかのぼる制作ではなく、伝承にいう星林院の創建より新しい。両前膊及び持物は後補だが、左手は宝珠を乗せた蓮華の茎を握り、右手は垂下して掌を前に向ける。これは求聞持法という行法の本尊となる虚空蔵菩薩の形制である。ただし立像の虚空蔵は、とくに平安時代以前には珍しい。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?171","備考":""},{"_id":99,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":99,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"仰木太鼓","名称_カナ":"おおぎだいこ","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"市指定無形民俗文化財","種類":"","場所名称":"","住所":"大津市仰木4丁目","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":null,"員数（単位）":"","法人番号":"","所有者等":"仰木太鼓保存会","文化財指定日":"1991-02-01 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"仰木太鼓の歴史は、平安時代中期の武将源満仲が小椋神社を深く信仰し、五社の神輿を奉納して盛大に仰木祭を始めたときにまでさかのぼるという。この仰木祭の進行に重要な役割を果すのが仰木太鼓で、人々を集める「集来打ち」、五基の神輿が小椋神社から御旅所へ渡御する合図となる「宮立ち」などが代表的なリズムである。現在、地元では「仰木太鼓保存会」が結成され、若者・子供達も加わって保存と伝承の活動が続けられている。","説明_英語":"","URL":"https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/db/bunka/detail.html?411","備考":""},{"_id":100,"都道府県コード又は市区町村コード":252018,"NO":100,"都道府県名":"滋賀県","市区町村名":"大津市","名称":"木造千手観音立像(観音堂安置)","名称_カナ":"もくぞうせんじゅかんのんりゅうぞう（かんのうどうあんち）","名称_通称":"","名称_英語":"","文化財分類":"重要文化財","種類":"美術工芸品","場所名称":"","住所":"大津市仰木5丁目","方書":"","緯度":null,"経度":null,"電話番号":"","内線番号":"","員数（数）":1,"員数（単位）":"躯","法人番号":"","所有者等":"東光寺","文化財指定日":"1901-03-27 00:00:00","利用可能曜日":"","開始時間":"","終了時間":"","利用可能日時特記事項":"","画像":"","画像_ライセンス":"","概要":"","概要_英語":"","説明":"東光寺飛地境内の観音堂の本尊。比叡山横川の北方2キロ余の地にあった高日山星林院から移されたといわれる。秘仏であり他見が許されないが、図版によれば、浅く流麗に刻まれた衣のひだの彫法や、丸い顔に伏目がちの目をきざむなど、典型的な平安時代後期の作風をしめす。","説明_英語":"","URL":"https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/3183","備考":""}], "fields": [{"id": "_id", "type": "int"}, {"id": "\u90fd\u9053\u5e9c\u770c\u30b3\u30fc\u30c9\u53c8\u306f\u5e02\u533a\u753a\u6751\u30b3\u30fc\u30c9", "type": "numeric"}, {"id": "NO", "type": "numeric"}, {"id": "\u90fd\u9053\u5e9c\u770c\u540d", "type": "text"}, {"id": "\u5e02\u533a\u753a\u6751\u540d", "type": "text"}, {"id": "\u540d\u79f0", "type": "text"}, {"id": "\u540d\u79f0_\u30ab\u30ca", "type": "text"}, {"id": "\u540d\u79f0_\u901a\u79f0", "type": "text"}, {"id": "\u540d\u79f0_\u82f1\u8a9e", "type": "text"}, {"id": "\u6587\u5316\u8ca1\u5206\u985e", "type": "text"}, {"id": "\u7a2e\u985e", "type": "text"}, {"id": "\u5834\u6240\u540d\u79f0", "type": "text"}, {"id": 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