<data xmlns:xsi="http://www.w3.org/2001/XMLSchema-instance">
<row _id="1"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>1</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>銅鉾鎔笵(鋳型)</名称><名称_カナ>ジュウヨウブンカザイ　ドウホコヨウハン（イガタ）</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>重要文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1955/2/2</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/289/kuni_01.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>寛政年間（1789年～1801年）に、熊野神社近くの皇后峯（こうごうみね）で出土したと伝えられています。皇后峯の場所は特定できませんが、須玖岡本遺跡の周辺であることは確かです。この鋳型は、石製（石英長石斑岩（せきえいちょうせきはんがん））で、弥生時代の広形銅矛を鋳造する際に使用されました。鋳型は二つに分かれていますが、二つを合わせた長さは85.6センチメートルになります。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002289.html</URL><備考 /></row>
<row _id="2"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>2</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>中広銅戈(25本)</名称><名称_カナ>ジュウヨウブンカザイ　ナカビロドウカ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>重要文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>京都国立博物館</場所名称><住所>京都府京都市東山区茶屋町527</住所><方書 /><緯度>34.990599</緯度><経度>135.772624</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1986/3/28</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/290/kuni_nakahirodouka.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>1967（昭和42）年、紅葉ヶ丘西に所在する小倉新池の南端付近で、中広銅戈（どうか）が偶然25本発見されました。その後、さらに2本が出土していたことがわかりました。周辺に墳墓や集落が発見されていないことから、一括埋納されていたと考えられます。最初に発見された25本は、京都国立博物館に収蔵され、国の重要文化財に指定されています。残り2本は、春日市奴国の丘歴史資料館で展示しています。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002290.html</URL><備考 /></row>
<row _id="3"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>3</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>水城跡（大土居）</名称><名称_カナ>トクベツシセキミズキアト（オオドイ）</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>特別史跡</文化財分類><種類 /><場所名称>福岡県春日市昇町7丁目53番外</場所名称><住所>福岡県春日市昇町7丁目53番外</住所><方書 /><緯度>33.518996</緯度><経度>130.453861</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1974/8/10</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/291/kuni_m_oodoi.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>水城跡は、天智三年（西暦664）に唐・新羅の攻撃に備え版築工法によって築造された一連の防塁で、大宰府前面の総延長約1.2kmの大堤と、西側丘陵の谷間に築かれた小規模な土塁群（小水城）からなります。大土居水城跡は小水城のひとつで、東西方向に長さ110ｍ、高さ７ｍ以上あります。土塁の下部からは木樋（木製の導水管）が発見されており、高度な土木技術で築かれています。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002291.html</URL><備考 /></row>
<row _id="4"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>4</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>水城跡（天神山）</名称><名称_カナ>トクベツシセキミズキアト（テンジンヤマ）</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>特別史跡</文化財分類><種類 /><場所名称>福岡県春日市天神山1丁目128番外</場所名称><住所>福岡県春日市天神山1丁目128番外</住所><方書 /><緯度>33.518814</緯度><経度>130.446005</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1974/8/10</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/291/kuni_m_kofun.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>天神山水城跡は、大土居水城跡の西方約400ｍにある小水城で、一連の防衛線の北西隅にあたります。東西方向に長さ約140ｍ、横断面の幅約20ｍ、高さ4ｍ以上の土塁が残っています。この土塁の西側に連続する自然丘陵、自然丘陵から南北方向に伸びる土塁が史跡指定されています。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002291.html</URL><備考 /></row>
<row _id="5"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>5</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>日拝塚古墳</名称><名称_カナ>シセキヒハイヅカコフン</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>史跡</文化財分類><種類 /><場所名称>福岡県春日市下白水南6丁目208番外</場所名称><住所>福岡県春日市下白水南6丁目208番外</住所><方書 /><緯度>33.523907</緯度><経度>130.439855</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1976/2/24</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/292/kuni_04-1.jpg;https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/292/kuni_04-2.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>6世紀に築造された前方後円墳で、周溝まで含めた規模は全長60メートルほどになります。墳丘の主軸がほぼ東西を向いており、彼岸の時期には東方約16キロメートルにある大根地山（おおねちやま）から昇る太陽を拝めることから、「日を拝む塚」として「日拝塚」と呼ばれるようになりました。主体部は、後円部中央に位置する単室の横穴式石室です。1929（昭和4）年に盗掘を受けた際、石室内から須恵器、鏡、装身具、武器、馬具などが多量に出土しており、大部分は回収され、東京国立博物館に収蔵されています。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002292.html</URL><備考 /></row>
<row _id="6"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>6</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>須玖岡本遺跡</名称><名称_カナ>シセキスグオカモトイセキ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>史跡</文化財分類><種類 /><場所名称>福岡県春日市岡本６丁目１２番地外</場所名称><住所>福岡県春日市岡本６丁目１２番地外</住所><方書 /><緯度>33.537733</緯度><経度>130.449405</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1986/6/24</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/293/kuni_suku_okamoto1.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>春日丘陵上を中心に南北2キロメートルほどにわたって、弥生時代中期～後期の大集落「須玖遺跡群」が形成されていました。そのうち、丘陵北端部一帯では、奴国（なこく）王墓や王族墓、青銅器などの工房が集中している地区を須玖岡本遺跡と呼び、奴国の丘歴史公園を含め、部分的に国指定史跡となっています。須玖遺跡群は、福岡平野に位置した奴国に含まれますが、王墓や王族墓があることや、青銅器工房が密集していることなどから、当地が奴国の中枢部であったと考えられています。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002293.html</URL><備考 /></row>
<row _id="7"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>7</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>春日の婿押し</名称><名称_カナ>カスガノムコオシ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>無形民俗文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日神社</場所名称><住所>福岡県春日市春日1-110</住所><方書 /><緯度>33.521891</緯度><経度>130.469277</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1995/12/26</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/294/kuni_06.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>毎年成人の日の前日の夜に行われる行事で、「若水祭」とも呼ばれます。前年中に結ばれた新郎新婦を祝福する、区を挙げての祭りです。この祭りのクライマックスの「樽（たる）せり」は、神社前の神池（みいけ）で勇壮に繰り広げられ、奪い取った樽の一片を神前に供え、五穀豊穣（ほうじょう）と開運を祈願します。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002294.html</URL><備考 /></row>
<row _id="8"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>8</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>博多人形祖型</名称><名称_カナ>ハカタニンギョウソケイ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>県指定有形民俗文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>個人所蔵</場所名称><住所>個人所有</住所><方書 /><緯度 xsi:nil="true" /><経度 xsi:nil="true" /><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1988/12/17</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/295/fukuokaken_hakataningyou1.jpg;https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/295/fukuokaken_hakataningyou2.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>博多人形は、原型彫刻から型を採り、その型に粘土を詰め、形を作り、素焼きをしたものに胡粉（ごふん）を塗り、彩色を施した人形です。博多人形の起源は、江戸時代末に土俗（どぞく）玩具人形を創始した、中ノ子　吉兵衛（なかのこ　きちべえ）を祖とします。歴代の製作技術伝承者の存在もさることながら、中世以来の商業都市、博多の風土と町人文化の長い伝統がその底を流れており、古型の人形制作技術を伝えるものです。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002295.html</URL><備考 /></row>
<row _id="9"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>9</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>春日の杜（樟）</名称><名称_カナ>カスガノモリ（クス）</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>県指定天然記念物</文化財分類><種類 /><場所名称>春日神社境内</場所名称><住所>福岡県春日市春日1-110</住所><方書 /><緯度>33.521891</緯度><経度>130.469277</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1963/1/16</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/296/fukuokaken_02.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>春日神社境内の11本の巨樟（くすのき）と荘厳さがただよう杜（もり）は、その古さとともに長い年月を経てきたことがしのばれます。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002296.html</URL><備考 /></row>
<row _id="10"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>10</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>住吉神社のナギの杜</名称><名称_カナ>スミヨシジンジャノナギノモリ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>県指定天然記念物</文化財分類><種類 /><場所名称>須玖住吉神社境内</場所名称><住所>福岡県春日市須玖北3-42</住所><方書 /><緯度>33.543202</緯度><経度>130.445006</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1963/1/16</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/297/fukuokaken_03.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>須玖の住吉神社境内に生育する大小75本の「ナギノキ」。昔は、このナギノキを伐採し、住吉宮の用材としていたという話も伝わっており、かなり前からこの地に群生していたものと思われます。ナギは平穏な状態を表す「凪（な）ぎ」に通じ、またナギの葉は繊維が縦に走り、引っ張ってもなかなか切れないため、チカラシバとも呼ばれ、縁起の良いものとされています。1977（昭和52）年に市の木として指定されました。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002297.html</URL><備考 /></row>
<row _id="11"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>11</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>春日神社のセンリョウ叢林</名称><名称_カナ>カスガジンジャノセンリョウソウリン</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>県指定天然記念物</文化財分類><種類 /><場所名称>春日神社境内</場所名称><住所>福岡県春日市春日1-110</住所><方書 /><緯度>33.521891</緯度><経度>130.469277</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1964/5/7</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/298/fukuokaken_04.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>春日神社の裏山の山林に見られるセンリョウ科の常緑広葉樹です。高さは50～80センチメートル、黄緑色の花を咲かせ、冬にはきれいな朱紅色の実をつけます。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002298.html</URL><備考 /></row>
<row _id="12"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>12</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>ウトグチ瓦窯跡</名称><名称_カナ>ウトグチカワラガマアト</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>県指定史跡</文化財分類><種類 /><場所名称>ウトグチ瓦窯展示館</場所名称><住所>福岡県春日市白水ヶ丘1丁目4番地</住所><方書 /><緯度>33.51468</緯度><経度>130.444288</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2005/10/5</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/299/fukuokaken_05-1.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>ウトグチ瓦窯跡は天神山水城跡の南側約400メートルに位置しています。ここでは2基の窯跡が発見されました。そのうち1基には大量の瓦が窯内に残っている状態でした。出土した瓦は奈良県の山田寺に系譜がたどれる文様が特徴的です。窯は全長14メートルで、天井部分はほとんど崩落していましたが、地下式の登り窯です。現在、この瓦窯はウトグチ瓦窯展示館として調査当時の状態で保存・展示をしています。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002299.html</URL><備考 /></row>
<row _id="13"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>13</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>王墓の上石</名称><名称_カナ>オウボノウワイシ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史公園</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1977/8/11</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/300/kasugasi_01.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>1899（明治32）年、岡本で発見された奴国王墓と推定されている甕棺墓（かめかんぼ）の上に、大石と立石の2つがありました。大石は長さ3.3メートル、幅1.8メートル、重さ約4トンほどの花こう岩です。これらの上石は現在、奴国の丘歴史公園に移動して展示しています。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002300.html</URL><備考 /></row>
<row _id="14"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>14</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>須玖岡本遺跡　Ｄ地点出土銅鏡</名称><名称_カナ>スグオカモトイセキディーチテンシュツドドウキョウ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1996/3/8</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/301/kasugasi_02.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>1899（明治32）年に岡本で発見された奴国（なこく）王墓の甕棺（かめかん）には、30面前後の前漢鏡（ぜんかんきょう）が副葬されていました。このうち注目されるのは、直径23センチメートルほどに復元される草葉文鏡（そうようもんきょう）です。直径20センチメートルを超える草葉文鏡は、中国でも王侯クラスの墓からしか出土していないことから、奴国王は、東アジアの中でも特に漢の厚遇を受けていたと考えられています。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002301.html</URL><備考 /></row>
<row _id="15"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>15</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>銅矛</名称><名称_カナ>ドウホコ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1996/3/8</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/302/kasugasi_03.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>詳細な出土地は分かっていませんが、岡本から出土したと伝えられる中広形銅矛です。全長81.2センチメートルで、ほぼ完全な形をとどめています。出土状態など詳細なことはわかりませんが、一括埋納されていたうちの1本である可能性が高いものです。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002302.html</URL><備考 /></row>
<row _id="16"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>16</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>銅剣</名称><名称_カナ>ドウケン</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1996/3/8</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/303/kasugasi_04.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>立石（たていし）遺跡から出土したもので、全長37.1センチメートルです。漆黒色を呈し、細形銅剣の特徴を残した中細形銅剣です。詳細な出土状態などはわかりませんが、弥生時代中期の甕棺墓（かめかんぼ）に副葬されていたのではないかと推測されます。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002303.html</URL><備考 /></row>
<row _id="17"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>17</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>金製垂飾付耳飾</名称><名称_カナ>キンセイスイショクツキミミカザリ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1996/3/8</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/304/kasugasi_05.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>1929（昭和4）年に、日拝塚古墳が盗掘を受けた際に出土したと伝えられている金製の耳飾で、朝鮮半島の伽耶（かや）地方から舶載されたものだと考えられます。東京国立博物館に保管されている耳飾は、これと対をなすものだと考えられていますが、環部や垂飾部などに違いが見られます。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002304.html</URL><備考 /></row>
<row _id="18"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>18</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>須玖坂本Ｂ遺跡出土漢式鏃</名称><名称_カナ>スグサカモトビーイセキシュツドカンシキゾク</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2006/1/25</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/305/kasugasi_06-3.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>春日北小学校内の須玖坂本B遺跡3次調査で出土した青銅製の鏃です。横断面が三角形を呈し、矢柄（やがら）が鉄製であることから国産ではなく、朝鮮半島にあった楽浪郡（らくろうぐん）を経由して我が国にもたらされた可能性が高いです。日本国内で漢式鏃は10例発見されていますが、断面が三角形を呈するタイプでは5例目となります。なお、出土した土器片から弥生時代後期に廃棄されたとみられます。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002305.html</URL><備考 /></row>
<row _id="19"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>19</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>松添遺跡出土後漢鏡</名称><名称_カナ>マツゾエイセキシュツドゴカンキョウ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2006/1/25</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/306/kasugasi_08.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>小倉東の松添遺跡の中世水田を覆っていた砂層から、方格規矩四神鏡（ほうかくきくししんきょう）と内行花文鏡（ないこうかもんきょう）の2面が出土しました。これらの鏡を観察したところ、本来は2種類の鏡が割れた状態で重なっていたことがわかるので、もともと近くにあった墳墓に副葬されていたものだと考えられます。方格規矩四神鏡は面径15.8センチメートル前後に復元され、内区には「尚方作・・」で始まる銘文が残っています。内行花文鏡は面径11.5センチメートルほどに復元されますが、本来の形の1/3くらいしか残っていません。両後漢鏡とも1世紀頃の後漢で製作され、日本に舶載されたものとみられます。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002306.html</URL><備考 /></row>
<row _id="20"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>20</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>立石遺跡出土戦国式系銅剣</名称><名称_カナ>タテイシイセキシュツドセンゴクシキケイドウケン</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2006/1/25</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/307/kasugasi_sengokudouken1.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>原町の立石遺跡の大柱遺構から出土しました。3片に折れた状態で出土しましたが、本来は1本の銅剣だと考えられます。現存長27.2センチメートル、最大幅5.4センチメートルです。平面と断面の特徴から日本や韓国で製作された銅剣とは系譜が異なり、最も類似するのが中国の戦国式銅剣ですが、中国では樋（ひ）が2条になる銅剣が見つかっていないので、今のところ何処で製作されたか断定できません。ただ、祭祀（さいし）用の大柱を引き抜いた後、この銅剣は投棄されているので、何か特別な意味があると推測されます。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002307.html</URL><備考 /></row>
<row _id="21"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>21</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>天神ノ木遺跡出土後漢鏡</名称><名称_カナ>テンジンノキイセキシュツドゴカンキョウ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2006/1/25</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/308/kasugasi_10.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>上白水の天神ノ木遺跡において、弥生時代後期の竪穴住居跡から出土した、中国後漢時代の青銅鏡です。面径は13.9センチメートルほどに復元され、鏡の縁部が残っており、残された文様から内行花文鏡（ないこうかもんきょう）だと推測されます。後漢鏡は墳墓内に副葬したり、ペンダント状に加工したりすることがありますが、本例のように鏡縁だけを竪穴住居に廃棄した例はなく、特別な祭祀（さいし）儀礼に関するのではないかと推測される興味深い鏡です。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002308.html</URL><備考 /></row>
<row _id="22"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>22</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>寺田池北遺跡出土鉄矛</名称><名称_カナ>テラダイケキタイセキシュツドテツホコ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2006/1/25</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/309/kasugasi_tetuhoko1.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>下白水に所在する寺田池北畔の寺田池北遺跡23号甕棺（かめかん）内（弥生時代中期末）で出土したものです。この鉄矛は全長31センチメートルほどで、完全な形で残っていた良好な資料です。日本では飯塚市立岩（たていわ）遺跡などでも発見されていますが、形態的な特徴からみると朝鮮半島北部の龍淵洞（ヨンヨンドン（りゅうえんどう））遺跡出土資料と類似することから、楽浪郡（らくろうぐん）付近で製作され、もたらされた可能性が高いようです。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002309.html</URL><備考 /></row>
<row _id="23"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>23</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>須玖岡本遺跡坂本地区３～６次調査出土青銅器・ガラス製品生産関連遺物及び青銅器・土器類</名称><名称_カナ>スグオカモトイセキサカモトチク３～６ジチョウサシュツドセイドウキ・ガラスセイヒンセイサンカンレンイブツオヨビセイドウキ・ドキルイ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2020/2/21</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/006/245/douhokoigata-sakamoto1.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>須玖岡本遺跡坂本地区は、青銅器鋳型などの青銅器生産関連遺物が多数出土するため、奴国の官営工房とも呼ばれています。1・2次調査の青銅器生産関連遺物などは、文化庁保有遺物となっていますが、3～6次調査分については未指定でした。この中には鋳型など大変貴重な遺物が多く含まれており、特に状態の良い鋳型15点などの青銅器生産関連遺物54点と青銅器5点、ガラス製品生産関連遺物6点、土器7点の合計72点を指定しました。完全な形の連鋳式銅鏃鋳型は、一度に49個の銅鏃を作ることができる優品です。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1006245.html</URL><備考 /></row>
<row _id="24"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>24</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>須玖タカウタ遺跡２・５次調査出土青銅器生産関連遺物及び土器類</名称><名称_カナ>スグタカウタイセキ２・５ジチョウサシュツドセイドウキセイサンカンレンイブツオヨビドキルイ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2020/2/21</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/006/247/tatyuukyouigata-takauta.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>須玖タカウタ遺跡5次調査の1号竪穴建物などからは、土製鋳型26点、石製鋳型9点が出土しました。土製鋳型は九州で殆ど例がなく、銅戈の鋳型などは類例が殆どない一対のものでした。石製鋳型は朝鮮半島にも見られる滑石系の石材を使用しており、日本初出土の多鈕鏡の鋳型も含まれます。さらに一緒に出た土器からは、日本最古級の青銅器生産に関する遺物ということが分かりました。以上のことから、5次調査の鋳型と土器など122点と距離や時期の近い2次調査の鋳型、土器など15点、合計137点を指定しました。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1006247.html</URL><備考 /></row>
<row _id="25"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>25</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>銅剣・青銅製把頭飾・甕棺－須玖岡本遺跡岡本地区20次調査出土－</名称><名称_カナ>ドウケン・セイドウセイハトウショク・カメカン－スグオカモトイセキオカモトチク２０ジチョウサシュツド－</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2021/2/22</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/008/398/seidouki.jpg;https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/008/398/uwagame.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>須玖岡本遺跡岡本地区20次調査で、甕棺墓から銅剣と銅剣に付ける飾りの青銅製把頭飾（はとうしょく）が出土しました。奴国の中心的な遺跡である須玖遺跡群の初期首長層の墳墓（王族墓）からの出土品であり、青銅製把頭飾は福岡平野で初出土です。須玖岡本遺跡の成り立ちや弥生時代の社会構造を考える上で貴重なものであり、学術的価値も高いことから、銅剣等4点を指定しました。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1008398.html</URL><備考 /></row>
<row _id="26"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>26</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>赤井手古墳出土須恵器</名称><名称_カナ>アカイデコフンシュツドスエキ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2025/3/25</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/016/094/akaide_sueki.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>春日丘陵北西部にある赤井手古墳の石室から出土した6世紀初頭の須恵器12点です。副葬された当時のままの状態で発見されました。大型器台や子持壺といった祭祀具を含む多種多様な器種で構成され、ほぼ完形です。同時期の福岡平野の首長墓で、これだけの須恵器を副葬した例はありません。また、これらの須恵器に使用された粘土の成分を分析したところ、他地域から運んできたと分かりました。当時の他地域との地域間交流や、被葬者像を考える上でも貴重な資料です。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1016094.html</URL><備考 /></row>
<row _id="27"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>27</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>土製狛犬</名称><名称_カナ>ドセイコマイヌ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形民俗文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1996/3/8</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/310/kasugasi_11.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>この手作りの土製素焼きの狛犬は、県下では極めてまれなもので、貞享（じょうきょう）五（1688）年の紀年銘からみて、県下最古のものと思われます。また。作者は吉村　清五郎（よしむら　せいごろう）であり、作者名が確認できる貴重な資料です。手作りの特徴がよく見てとれる作品です。高さは21センチメートルほどあります。</説明><説明_英語 /><URL /><備考 /></row>
<row _id="28"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>28</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>豊臣秀吉奉行人連署禁制附中島利一郎添書</名称><名称_カナ>トヨトミヒデヨシブギョウニンレンショキンゼイツケタリナカシマリイチロウソエガキ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形民俗文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2022/2/21</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/009/916/toyotomi/toyotomikinnzei.png</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>安土桃山時代の末期、九州ではおよそ100年続いた武将同士の覇権争いが終わりを迎えようとしていました。この文書は、島津氏（薩摩）に滅ぼされそうになった大友氏（豊後）の要請を受け、豊臣秀吉が九州平定に進軍した時に出されたものです。1587（天正15）年5月に秀吉軍の武将3名（戸田民部少輔勝隆、森壱岐守吉成、浅野弾正少弼長政）の連名で出され、秀吉軍の兵士に対して、那珂郡の人々への乱暴狼藉等を禁止し、破った者は処罰すると書かれています。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1009916.html</URL><備考 /></row>
<row _id="29"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>29</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>仕渡ス書物之事　写（白水池水分取極書）</名称><名称_カナ>シワタスカキモノノコト　ウツシ（シロウズイケミズワケトリキメショ）</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形民俗文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2022/2/21</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/009/917/bunsuinosyo.png</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>この文書は、白水池に関する資料としては最も古い年代が記されたものです。1664（寛文4）年、須玖村の庄屋武末新兵衛主導で行った白水池の嵩上げ後に、増えた水の分配方法について福岡藩の普請奉行立会のもと、元々白水池の水利権を持っていた上白水村・下白水村と須玖村との間で取り決めた内容を記録しています。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1009917.html</URL><備考 /></row>
<row _id="30"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>30</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>瓦・須恵器―ウトグチ瓦窯跡出土―　附　上白水天神ノ木採集瓦</名称><名称_カナ>カワラ・スエキ―ウトグチカワラガマアトシュツド―ツケタリカミシロウズテンジンノキサイシュウガワラ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定有形民俗文化財</文化財分類><種類 /><場所名称>春日市奴国の丘歴史資料館</場所名称><住所>福岡県春日市岡本3-57</住所><方書 /><緯度>33.538053</緯度><経度>130.451613</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>2023/3/1</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/012/343/utoguchikawara.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>令和5年3月1日に指定となった資料は、ウトグチ瓦窯跡出土の瓦62点と土器3点および採集された軒丸瓦1点です。これらは、県指定史跡ウトグチ瓦窯跡の造られた時期や性格を示し、飛鳥時代の筑前地域における瓦製作導入を知るための貴重な資料です。ウトグチ瓦窯跡の瓦は、畿内の豪族が寺院建立を目的としてつくったと考えられます。最初に焼かれた鬼板瓦や鴟尾、軒丸瓦は、製作に専門的な知識や技術を必要としますが、最後に大量に焼いた平瓦や丸瓦にはさほど専門性は必要なく、凹面に須恵器づくりに使う道具の痕が残ります。このことは、はじめは瓦づくり専門の工人指導の下で瓦が製作され、最終的に地元の須恵器工人が製作を引き継いだことを示します。JR博多南駅周辺の天神ノ木遺跡からは、ウトグチ瓦窯跡でつくられた瓦が見つかることから、「白水廃寺」がこの付近から見つかる可能性があります。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1012343.html</URL><備考 /></row>
<row _id="31"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>31</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>オオバヤドリ木</名称><名称_カナ>オオバヤドリギ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定天然記念物</文化財分類><種類 /><場所名称>熊野神社境内</場所名称><住所>福岡県春日市岡本2-92</住所><方書 /><緯度>33.539141</緯度><経度>130.450178</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1977/8/11</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/311/kasugasi_12.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>熊野神社周辺のアラカシのこずえなどに寄生するヤドリギ科の植物。「大葉宿木」と書き、9月～10月に筒形の花が咲き、赤褐色の毛が密集した実をつけます。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002311.html</URL><備考 /></row>
<row _id="32"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>32</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>エンジュ</名称><名称_カナ>エンジュ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定天然記念物</文化財分類><種類 /><場所名称>春日小学校校庭</場所名称><住所>福岡県春日市昇町1-142</住所><方書 /><緯度>33.529134</緯度><経度>130.449471</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1977/8/11</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/312/kasugasi_13.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>校庭の東側に生育している落葉高木。中国が原産地で、普通は「槐（えんじゅ）」と書きますが、縁起をかついで「延寿」と書かれることもあります。初夏に乳白色の花を咲かせ、長さ2～5センチメートルの数珠状にくびれた実をつけます。樹齢は、100年を超えるものと思われ、1982（昭和57）年の台風で根こそぎ倒れ、一時は回復不能と見られていましたが、その後の手当てにより生き返り、青々とした枝葉を繁らせています。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002312.html</URL><備考 /></row>
<row _id="33"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>33</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>赤井手古墳</名称><名称_カナ>アカイデコフン</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定史跡</文化財分類><種類 /><場所名称>福岡県春日市弥生7丁目67番外</場所名称><住所>福岡県春日市弥生7丁目67番外</住所><方書 /><緯度>33.535054</緯度><経度>130.448768</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1993/3/1</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/313/kasugasi_akaide1.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>6世紀初頭に築造されたと考えられる直径30メートルの円墳です。全長4メートルの横穴式石室は盗掘を受けていましたが、石室から鏡をはじめ各種装身具、武器、工具、須恵器など多数の副葬品が確認され、その内容から首長墓と考えられています。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002313.html</URL><備考 /></row>
<row _id="34"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>34</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>竹ケ本古墳</名称><名称_カナ>タケガモトコフン</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定史跡</文化財分類><種類 /><場所名称>福岡県春日市弥生6丁目2番</場所名称><住所>福岡県春日市弥生6丁目2番</住所><方書 /><緯度>33.534059</緯度><経度>130.448271</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1993/3/1</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/314/kasugasi_15.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>全長20～30メートルの規模と推定される前方後円墳です。石室構造や時期については未調査のため不明ですが、後円部に露出している石材や、近接する赤井手（あかいで）古墳の時期から判断すると6世紀代と推定されます。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002314.html</URL><備考 /></row>
<row _id="35"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>35</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>下白水大塚古墳</名称><名称_カナ>シモシロウズオオツカコフン</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定史跡</文化財分類><種類 /><場所名称>福岡県春日市下白水北5丁目98番外</場所名称><住所>福岡県春日市下白水北5丁目98番外</住所><方書 /><緯度>33.52977</緯度><経度>130.442083</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1993/3/1</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/315/kasugasi_16.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>近世以降に墳丘上や周辺が、共同墓地として使用されたため、古墳の原形はかなり損なわれていますが、全長55メートル前後と推定される前方後円墳です。周溝と横穴式石室の一部が発見されていますが、未調査のため詳細は不明です。築造時期は6世紀後半から7世紀前半頃と推測されます。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002315.html</URL><備考 /></row>
<row _id="36"><都道府県コード又は市区町村コード>402184</都道府県コード又は市区町村コード><NO>36</NO><都道府県名>福岡県</都道府県名><市区町村名>春日市</市区町村名><名称>原遺跡</名称><名称_カナ>ハルイセキ</名称_カナ><名称_通称 /><名称_英語 /><文化財分類>市指定史跡</文化財分類><種類 /><場所名称>福岡県春日市白水ヶ丘6-147</場所名称><住所>福岡県春日市白水ヶ丘6-147</住所><方書 /><緯度>33.514185</緯度><経度>130.44125</経度><電話番号 /><内線番号 /><員数（数） /><員数（単位） /><法人番号 /><所有者等 /><文化財指定日>1996/7/1</文化財指定日><利用可能曜日 /><開始時間 /><終了時間 /><利用可能日時特記事項 /><画像>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/316/kasugasi_haru1.jpg</画像><画像_ライセンス /><概要 /><概要_英語 /><説明>春日丘陵西側の南北に伸びた台地状に位置します。山陽新幹線博多総合車両基地建設に伴い、1975（昭和50）年度に福岡県教育委員会によって発掘調査が行われました。弥生時代中期中葉～後葉を主体とする甕棺墓（かめかんぼ）・土壙墓（どうこぼ）からなる遺跡で、墳墓の総数が200基を超える一大墓地群です。</説明><説明_英語 /><URL>https://www.city.kasuga.fukuoka.jp/miryoku/history/historymuseum/1002286/1002288/1002316.html</URL><備考 /></row>
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