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  "fields": [{"id":"_id","type":"int"},{"id":"指定番号","type":"text"},{"id":"名称","type":"text"},{"id":"広告物の種類","type":"text"},{"id":"大きさ","type":"text"},{"id":"製作年代","type":"text"},{"id":"所在地","type":"text"},{"id":"備考","type":"text"},{"id":"説明","type":"text"}],
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    [1,"第1号","八百与","ひさし看板","縦90センチメートル×横220センチメートル","嘉永3年頃（1850年頃）","滋賀県大津市長等二丁目9-4","創業は嘉永3年（1850)","ひさし看板に描かれた大きな蕪の絵は、近江かぶらを描いたものです。ケヤキの1枚板で出来ており、およそ160年前に製作されたものと伝えられています。台座が狛犬の彫刻であったり、銅葺きの大きな屋根があるなど、看板を大事にする気持ちが伝わります。その都度改良を加え、今に至ります。"],
    [2,"第2号","元祖阪本屋鮒壽司","ひさし看板","縦135センチメートル×横550センチメートル","昭和10年","滋賀県大津市長等一丁目5-21","","第2号"],
    [3,"","県下で初めて鮒ずしの商品化に取り組み、明治2年に鮒ずしの販売を専門に行う分店として、現在の札の辻の地で開業しました。 ひさし看板は舟の底板を利用したユニークな構造となっています。ノミで彫られた文字には、白色の塗料が丁寧に施されています。","","県下で初めて鮒ずしの商品化に取り組み、明治2年に鮒ずしの販売を専門に行う分店として、現在の札の辻の地で開業しました。 ひさし看板は舟の底板を利用したユニークな構造となっています。ノミで彫られた文字には、白色の塗料が丁寧に施されています。","","県下で初めて鮒ずしの商品化に取り組み、明治2年に鮒ずしの販売を専門に行う分店として、現在の札の辻の地で開業しました。 ひさし看板は舟の底板を利用したユニークな構造となっています。ノミで彫られた文字には、白色の塗料が丁寧に施されています。","","県下で初めて鮒ずしの商品化に取り組み、明治2年に鮒ずしの販売を専門に行う分店として、現在の札の辻の地で開業しました。 ひさし看板は舟の底板を利用したユニークな構造となっています。ノミで彫られた文字には、白色の塗料が丁寧に施されています。"],
    [4,"第3号","鶴里堂","ひさし看板","縦135センチメートル×横210センチメートル","大正15年以前（不詳）","滋賀県大津市京町一丁目2-18","","第3号"],
    [5,"","一世紀以上に渡り大津菓子の流れを伝える和菓子の老舗。ひさし看板の文字は、山本竟山の書によります。書に従って丁寧に彫られており、緑青による塗装が施されていたようです。ケヤキの1枚板でできた看板は、銅板で囲われており、今なお美しい姿を保持しています。","","一世紀以上に渡り大津菓子の流れを伝える和菓子の老舗。ひさし看板の文字は、山本竟山の書によります。書に従って丁寧に彫られており、緑青による塗装が施されていたようです。ケヤキの1枚板でできた看板は、銅板で囲われており、今なお美しい姿を保持しています。","","一世紀以上に渡り大津菓子の流れを伝える和菓子の老舗。ひさし看板の文字は、山本竟山の書によります。書に従って丁寧に彫られており、緑青による塗装が施されていたようです。ケヤキの1枚板でできた看板は、銅板で囲われており、今なお美しい姿を保持しています。","","一世紀以上に渡り大津菓子の流れを伝える和菓子の老舗。ひさし看板の文字は、山本竟山の書によります。書に従って丁寧に彫られており、緑青による塗装が施されていたようです。ケヤキの1枚板でできた看板は、銅板で囲われており、今なお美しい姿を保持しています。"],
    [6,"第4号","御饅頭處餅兵","ひさし看板","縦120センチメートル×横150センチメートル","明治初期（1870年頃)","滋賀県大津市中央二丁目5-37","","第4号"],
    [7,"","創業およそ250年前。町方の餅や饅頭の店として栄えました。大きな古い木製のひさし看板は、ケヤキの一枚板から作られています。看板の台座には梅のモチーフがあしらわれています。商標の部分などの金箔の跡が、開店当時の華やかさを偲ばせます。","","創業およそ250年前。町方の餅や饅頭の店として栄えました。大きな古い木製のひさし看板は、ケヤキの一枚板から作られています。看板の台座には梅のモチーフがあしらわれています。商標の部分などの金箔の跡が、開店当時の華やかさを偲ばせます。","","創業およそ250年前。町方の餅や饅頭の店として栄えました。大きな古い木製のひさし看板は、ケヤキの一枚板から作られています。看板の台座には梅のモチーフがあしらわれています。商標の部分などの金箔の跡が、開店当時の華やかさを偲ばせます。","","創業およそ250年前。町方の餅や饅頭の店として栄えました。大きな古い木製のひさし看板は、ケヤキの一枚板から作られています。看板の台座には梅のモチーフがあしらわれています。商標の部分などの金箔の跡が、開店当時の華やかさを偲ばせます。"],
    [8,"第5号","石田歯科醫院","壁面広告物","縦35センチメートル×横125センチメートル","大正12年","滋賀県大津市中央一丁目7-33","","第5号"],
    [9,"","広告物が設置されている建築物は、国の登録有形文化財（建造物）として指定を受けています。壁面広告物は、イタリア産の大理石を用いた西洋の仕様となっていますが、掘り込まれた医院名は、右から左へ書かれており、日本風のものとなっています。オールドイングリッシュ体で書かれた英語名が、洋館にマッチしています。","","広告物が設置されている建築物は、国の登録有形文化財（建造物）として指定を受けています。壁面広告物は、イタリア産の大理石を用いた西洋の仕様となっていますが、掘り込まれた医院名は、右から左へ書かれており、日本風のものとなっています。オールドイングリッシュ体で書かれた英語名が、洋館にマッチしています。","","広告物が設置されている建築物は、国の登録有形文化財（建造物）として指定を受けています。壁面広告物は、イタリア産の大理石を用いた西洋の仕様となっていますが、掘り込まれた医院名は、右から左へ書かれており、日本風のものとなっています。オールドイングリッシュ体で書かれた英語名が、洋館にマッチしています。","","広告物が設置されている建築物は、国の登録有形文化財（建造物）として指定を受けています。壁面広告物は、イタリア産の大理石を用いた西洋の仕様となっていますが、掘り込まれた医院名は、右から左へ書かれており、日本風のものとなっています。オールドイングリッシュ体で書かれた英語名が、洋館にマッチしています。"],
    [10,"第6号","名物生蕎麦、東宮殿下御賜買上之榮　ほか3点","ひさし看板、壁面広告物","縦60センチメートル×横195センチメートル、縦55センチメートル×横120センチメートル　ほか","明治20年頃","滋賀県大津市坂本四丁目11－40","店名：本家鶴?(き)そば","広告物が設置されている建築物は、国の登録有形文化財（建造物）として指定を受けています。5枚の看板は、建物と一体となり、お店の受け継がれた歴史を感じさせます。正面2階中央部に掲げられた扁額には「東宮殿下」と記され丁寧に掘り込まれ、縁と文字には金箔が施され、宮内省（現・宮内庁）御用命の風格を感じさせます。"],
    [11,"第7号","坂本名物生そば、手打生そば","ひさし看板、壁面広告物","縦60センチメートル×横260センチメートル、縦45センチメートル×横90センチメートル","昭和2年頃","滋賀県大津市坂本四丁目11－38","店名：日吉そば","日吉大社の参道沿いに建つ建物は料理旅館「をぐらや」として建てられ、現在はそば屋として営業されています。「坂本名物生そば」は木材の自然な形を活かした一枚板で作られています。「手打生そば」も一枚板で作られ木目が美しいです。どちらも変体仮名が使用されています。"],
    [12,"第8号","茶丈藤村","ひさし看板","縦90センチメートル×横120センチメートル","平成7年","滋賀県大津市石山寺一丁目3－22","店名：茶丈藤村","石山寺の門前すぐのところに甘味喫茶を併設する和菓子店です。どっしりとした一枚板の造形が趣を感じさせる看板は、店主とその父親による手作りです。店名が白字で力強く記され、彫り込まれています。"],
    [13,"第9号","容輝温泉","ひさし看板","縦55センチメートル×横140センチメートル（概寸）","昭和9年頃","滋賀県大津市栄町17-12","店名：容輝湯（ようきゆ）","石山商店街から少し入ったところにある銭湯です。正面の大きな木製看板は創業時より掲げられているものであります。ケヤキの一枚板で出来ており、「かまぼこ彫り」という技法にて「容輝温泉」と丁寧に彫られています。唐破風屋根の軒下に掲げられた看板はいっそう建物の風格を感じさせるものとなっており、町並みにとけ込む存在となっています。"],
    [14,"第10号","油","突出広告物","縦50センチメートル×横80センチメートル（概寸）","昭和44年頃","滋賀県大津市唐橋町17-4","店名：油清商店（あぶらせしょうてん）","軒先に吊り下げられた突出広告の形をとる木製看板は現在の店主が自ら作成したものであります。文字の色は建物と同じ弁柄色で着色されており、「油」の一文字のシンプルな看板でありますが、町家建築と調和した、存在感のある建物のアクセントとなっていると感じられ、旧東海道の面影を残していると言えるでしょう。"],
    [15,"第11号","西與呉服店、にしよ","ひさし看板","縦100センチメートル×横390センチメートル、縦80センチメートル×横310センチメートル（いずれも概寸","昭和4年頃、平成元年","滋賀県大津市瀬田二丁目2-1","店名：にしよ呉服店","正面の入り口の軒上に掲げられた木製看板は「西與呉服店」と記されています。文字は金箔で施されており、今もなお美しい姿を保持しています。片方の入り口にも「にしよ」と彫り込まれた木製看板が掲げられております。双方共に看板もケヤキの一枚板で出来ており、銅葺きの大きなひさしが看板を守られており、「瀬田の唐橋」という交通の要衝に適した威厳のある看板です。"]
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